2021年10月25日月曜日

11月礼拝と祈り会の予定(2021)

2021年11月礼拝の予定

11月7日降誕前第7主日(逝去者記念礼拝)
招詞:ローマ14.8−9
聖書:旧約 イザヤ書10.1−10
   新約 マルコによる福音書12.35-37
説教題:「ダビデの子」伝道師 浅尾勝哉
賛美歌:171、488、320、540

11月14日降誕前第6主日
招詞:詩編24.9−10
聖書:マルコによる福音書12.38-44
説教題:「神の目線」伝道師 浅尾勝哉
賛美歌:4-4、187−2、494−1、540

11月21日降誕前第5主日(収穫感謝日)
招詞:詩編24.9−10
聖書:マルコによる福音書13.1-13
説教題:「最後まで耐え忍ぶ」伝道師 浅尾勝哉
賛美歌:5−1、190-1、338−1、540

11月28日待降節第1主日(降誕前第4主日)
招詞:マラキ書3.1
聖書:ルカによる福音書1.26−38
説教題:「主があなたと共におられる」伝道師 浅尾勝哉
賛美歌:242(21)−1、190−2、94−1、97−1、540


2021年11月祈り会の予定

11月3日
通読:民数記: 1.1-25
講解:サムエル記上1.1−28
「サムエル記上 特徴、執筆目的、背景」

11月10日
通読:民数記: 1.26-45
講解:サムエル記上6.1−23
「サムエル記上 概要」

11月17日
通読:民数記: 1.26-45
講解:サムエル記下1.1−27
「サムエル記上下 特徴、執筆目的、背景」

11月24日
通読:民数記: 1.46-54
講解:申命記7.16−26
家庭礼拝歴64ページ

2021年10月24日日曜日

10月24日降誕前第9主日 マルコによる福音書12.18-27 説教

10月24日降誕前第9主日
聖書:マルコによる福音書12.18-27
説教題:「生きている者の神」
賛美歌:4-1、190−3、80−1、539
誤字脱字が必ずあると思います。
見つけ次第修正いたします。

今朝は、マルコによる福音書12章18−27節より共に神さまの言葉を聞きましょう。

先週の礼拝では、本来は水と油の関係であるファリサイ派とヘロデ派が主イエスを陥れるために連携し、「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか」と論争を仕掛けてきました。主イエスは彼らの質問に対し「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」とお答えになりました。それは、どちらかというと政治的な論争でありました。本日の聖書箇所も、同じ様に主イエスの足元をすくおうと、今回はサドカイ派の人々が論争を仕掛けてまいりました。その内容は神学的なもので、復活についての論争です。

従来から復活に関わるテーマは難しく、多くの人に躓きを与えてきました。特に啓蒙思想が登場した17世紀後半以降その傾向が強くなりました。イエス・キリストの教えは素晴らしいと思うが、イエスの降誕と復活だけは信じることが出来ないという方は多くおられます。キリスト教徒であっても復活に疑問を持たれている方もおられます。復活は、昔の人が信じていた迷信であって、科学の進歩した現代において、信じる人はどうかしていると言う人もいます。しかし、聖書の時代の人でも、復活を信じなかった人もいますし、現代において科学に携わる人でも復活を信じている人は多くいます。復活を信じたからと言って、無能な科学者であるという訳でもなく、昔の人で復活を信じなかった人が進歩的な人であった訳ではありません。これは信仰で考える問題で、科学や哲学などの理性で考える問題ではありません。

ところで、先週共にお聞きしました聖書の言葉において、「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか」と主イエスに質問しに来たのはファリサイ派とヘロデ派でした。このファリサイ派というのはユダヤ教の学派であり、宗教団体と言えます。本日登場しましたサドカイ派は政治色の強い党派であり、最高法院であるサンヘドリンの大半を占め、大祭司はサドカイ派から指名されていました。またサドカイ派は祭司で貴族階級であります。彼らは、この新約聖書の1世紀の時代、即ちイスラエルがローマ帝国の支配下にあった時代、ローマ帝国による植民地支配に妥協的でありました。彼らは、ローマの支配下であっても、政治的に安定し、神殿で礼拝が守ることができれば、自分たちが祭司としての働きができて、利権を得て、民に対して上位の立場に君臨することが出来ると考えており、それで満足していたのです。また、サドカイ派はモーセ五書のみを信仰の規範としました。モーセ五書と申しますのは、旧約聖書の最初の5つ書で、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記を指します。モーセが書いたという言い伝えがありましたのでモーセ五書と呼んでいます。単に五書、また律法とかトーラーという言い方もします。サドカイ派は旧約聖書のモーセ五書以外の書を認めず、すべて退けました。ですから五書以外の旧約聖書を認めませんでした。しかし、ファリサイ派はモーセ五書以外の預言書や諸書を含めて聖書と考え、歴史的、神学的に解釈し、それによって得た知見を蓄積していました。しかし、サドカイ派はモーセ五書に記されていない教理や霊の存在、復活を否定していました。ですから、サドカイ派はこの世的であり、極めて現実主義であり、現世が全てであると考える世俗主義であったと言えます。彼らの信仰は神殿礼拝を中心とするものでありましたので、彼らの指導する神殿での礼拝が堕落し、腐敗するのは当然の事でありました。一方、ファリサイ派は律法を深く研究しており、律法学者と呼ばれる人はファリサイ派に属していましたが、ファリサイ派は民衆の中に溶け込み、民と共に生活し、教え、導きました。サドカイ派とファリサイ派の最も大きな違いは復活を信じるか信じないかの復活信仰です。ファリサイ派は復活を信じていましたがサドカイ派は完全に否定していました。

葬儀式では、必ず復活についてお話しをします。復活を前提として自分の愛する人との再開できることを希望として語っています。しかし、復活信仰はそのことだけで留まるものではありません。旧約聖書には復活に関して僅かしか語っていません。それは比較的後期のバビロン捕囚以降に記されたものであります。イスラエルの民はバビロン捕囚を経験し、その意味をよく考え、解釈しました。そして、捕囚というものはイスラエルの歴史において、神に捨てられ、死に値する神が居られない、どん底な状態であると考えました。ですから神がイスラエルの民を捕囚から解放してくださるという希望は、死人の復活そのものであるという理解を得たのです。結果だけを申しますと、復活は、イスラエルにとって広い意味があり、混沌からの創造、捕囚からの回復、罪の赦し、不妊からの誕生、隷属状態からの解放などを含む、神の力による秩序に属するものであります。ですから聖書における死者の復活という意味は、死という人間に対する最大の否定を、完全に拒否して跳ね除ける神の確かな力と誠実ということに焦点を当てているといえます。旧約の時代の人たちが復活ということを信じるに至るまでには苦労と時間を要したと思います。ですから、イエス・キリストが来られた、即ち新約聖書の以降の私たちの信じている復活においても、それは当たり前のようなものでも、当然なものでも、教会に与えられた標準装備の権利と考えてはならないものであり、決して軽く扱ってはならないものです。神さまが来たるべき未来を確実に支配して下さり、終わりの日に必ずキリストが再び来て下さるという確信があって、受け入れるべきものであると思います。神さまが与えて下さる究極の約束の恵みであります。復活は当たり前のことではありませんし、理性で考えて理解できないこと、常識ではありえないことを神さまは必ず成すと約束して下さったのであります。従いまして、当然、科学的な出来事ではありません。それを教会は信仰によって判断し、信仰によって信じてきたのであります。裏返して申しますと、サドカイ派の様に如何なる理由によっても、復活を信じない、信じることが出来ないというのは、復活が不要であるという考えでありますので、この世の人生が全てということになるのであります。

先週の礼拝でのお話はファリサイ派とヘロデ派が「皇帝への納税」という政治的な問題でイエスに罠をかけようとして失敗しました。今回は、サドカイ派は死者の復活が矛盾に満ちたもので、いかに意味が無いものであることを、示そうと宗教的な議論を挑んできました。おそらくその背後で糸を引いているのは、「祭司長、律法学者、長老たち」よりなる最高法院サンヘドリンであると考えられます。

サドカイ派の人々は、モーセの律法を用いて質問してきました。彼らは、主イエスのもとやって来て、まず「先生、モーセはわたしたちのために書いています。『ある人の兄が死に、妻を後に残して子がない場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない』」という前置きの言葉を述べました。これはモーセ五書の申命記25章5から8節に記されている結婚に関する掟であります。古代のイスラエルの民にとって家系を絶やさないこと、子孫を残すことが神さまの祝福を受け継ぐ印であると考えられており、そのために定められた規定と言えます。念の為に、申命記25章5から8節をお読みします。

「5 兄弟が共に暮らしていて、そのうちの一人が子供を残さずに死んだならば、死んだ者の妻は家族以外の他の者に嫁いではならない。亡夫の兄弟が彼女のところに入り、めとって妻として、兄弟の義務を果たし、6 彼女の産んだ長子に死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルの中から絶えないようにしなければならない。7 もし、その人が義理の姉妹をめとろうとしない場合、彼女は町の門に行って長老たちに訴えて、こう言うべきである。『わたしの義理の兄弟は、その兄弟の名をイスラエルの中に残すのを拒んで、わたしのために兄弟の義務を果たそうとしません。』8 町の長老たちは彼を呼び出して、説得しなければならない」。

この規定によれば、兄が子をもうけずに死んだ場合には、弟は残された兄の妻の夫になって、兄のために子をもうけなければならないというものです。これは聖書の時代において、一般的に見られた「レビレート婚」という制度です。その意図は「家系を絶やさない」ということで、この結婚で最初に生まれた男子は、死んだ兄の名を継がせるように命じられていたのでした。

サドカイ派はこの前提を話した後、非常に極端な例をあげて、質問をしました。その内容が20から23節です。「20 ところで、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎えましたが、跡継ぎを残さないで死にました。21 次男がその女を妻にしましたが、跡継ぎを残さないで死に、三男も同様でした。22 こうして、七人とも跡継ぎを残しませんでした。最後にその女も死にました。23 復活の時、彼らが復活すると、その女はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしたのです」。サドカイ派の人々の投げかけた質問はかなり極端なもので、実際にはありえないことだと思いますが、理屈の上では成り立つ仮説であるといえます。この質問は復活を肯定する、ファリサイ派との論争でも持ち出されていたと言われています。ちなみに、ファリサイ派は非常に安直で、長男の妻だと回答していたそうです。サドカイ派の考え方は非常に現世的であり、自分たちが否定している復活信仰というものを、この世での生と復活後の生を連続的、あるいはこの世の自分の姿や人間関係など全て一切合切が復活後もそのまま継続するという単純に考えていました。彼らは復活が死の向こうにあること、死というこの世との断絶の向こう側で、神さまの御業によってなされるものであるということを、考えることが出来なかったのです。

サドカイ派は、この世の人生だけを見て、復活があるとすれば、今現在の姿や生活の延長にあるとしか考えることが出来ず、そのため、この世での出来事や人間関係の複雑さやしがらみなども、復活後にそのまま引き継がれると捉えているように思われます。ですから復活後において、生前の複雑な結婚を前提として、誰と夫婦になるのかと質問したのです。実際私たちも死んだ後、終わりの日までどうなるのであるか、あるいは復活後の姿はどうなるのだろうか、と気になるところです。死んでから復活までのことにつきましては、これまでに葬儀式において、あるいは祈り会でお話したことがあります。また、今後、礼拝では改めてお話する機会があると思います。本日は主イエスのお語りになった復活に焦点を合わせてお話したいと思います。

主イエスは質問してきたサドカイ派に対して「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、そんな思い違いをしているのではないか」といわれました。彼らは祭司でありますし、モーセ五書に関しては、熟知しているはずです。しかし、主イエスは彼らに「あなたたちは聖書も神の力も知らない」と言われたのです。彼らの思考は、今生きているこの世界での自分たちが如何に充実し、豊かであるか、ということのみに集約されており、その為に聖書を読んで理解し、神さまはその様な自分たちを支えて下さる存在であると捉えていたようです。彼らは自分たちが今生きている時代のことしか興味がないので、神さまの力が死の向こう側まで及ぶということを想像できなかったので、主イエスは「神の力も知らないから」と言われたのです。

そして主イエスはサドカイ派に「死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ」と語られました。復活において、めとることも嫁ぐこともない、という言葉はどの様に受け取っていいのか、人によって捉え方が変わると思います。様々な結婚生活がありますし、独身の方もおられますので感じ方は異なると思います。この世の自分の人生の延長線上で復活を捉えると「めとることも嫁ぐこともなく」というのは非常に気になる言葉です。神の国のことを言い表したヨハネの黙示録21章4節の言葉「もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない」と併せて「とることも嫁ぐこともなく」という言葉を聞くと、復活後において結婚やその結果として出産がなく、永遠の命を与えられていますので、時が来ても死ぬことはありませんし、病むこともないということだ、と想像することが出来ます。

その次に「天使のようになるのだ」と言われています。これは、白い服を来て背中に翼が生えて、頭の上に輪っかがあって、飛べる者なるという意味ではないと思います。どちらかというと天の御使いのようなものという意味が近いのではないかと思います。天使も人間もどちらも神さまの被造物であり、双方の大きな違いは、天使は自分が神さまの御手の内におかれていることを知っており、神さまの導きに従う者でありますが、人間はそれを見失ったり、気づかずにいたりするのです。しかし、復活において人は天使のようになり、神さまの御手の内にあり、恵みを受けていることを知る者となるのです。そして、復活において「めとることも、嫁ぐこともない」というのは、神の御手の中に置かれており、この世の人生における複雑な人間関係や欠けやしがらみ、縺れ、そして罪が、取り除かれて、自由となり、新たにされて傷のない者として完成され、一切の苦しみや悲しみから解放されるということではないかと思います。そうは言っても、一切の生前の記憶が消されて書き換えられるというものではないと思います。アブラハムはアブラハムであり、イサクはイサク、ヤコブはヤコブであるのだと思います。また、この天使のようなという言葉は、比喩的な表現であって、神さまとの交わりにおいて、神さまを知るということにおいて、天使のように神さまとの結びつきが直接的なものとなり、神さまのみ前に置かれるものとなり、復活の後、御使いの天使そのものになるのではなく、存在の次元そのものが変わるというものだと思います。ただ、主イエスは復活後がどうであるのか明確に示されておられませんので、具体的なことを示すことは出来ませんので、抽象的に想像することしか出来ません。

そして、主イエスは26節で「26 死者が復活することについては、モーセの書の『柴』の個所で、神がモーセにどう言われたか、読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか」と言われました。これはサドカイ派が熟知しているはずのモーセ五書の出エジプト記3章の主なる神さまがホレブの山で初めてモーセと出会って下さった、所謂燃え尽きない柴の場面を引用したものであります。主なる神さまはモーセにご自身のことを「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と語られたのですが、主イエスはこの言葉が死者の復活を表しているのだとおっしゃっているのです。この主なる神さまの言葉は単なる自己紹介ではなく、深い意味があるということです。そのことは27節の言葉によって知ることが可能となりそうです。それは「27 神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている」という言葉です。この言葉を前提にして26節の言葉をもう一度聞きますと、「わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」は単なる主なる神さまの自己紹介ではなく、生きている者の神さまが「わたしはアブラハムの神」といわれる言葉には、アブラハムは主なる神さまの前で生きた者とされているという意味であると理解できます。これはイサク、ヤコブに対しても同様であります。彼らは、既に死んだと聖書には書かれています。しかし、主なる神さまがアブラハムの名を呼んで、アブラハムの神であると言って下さるのならば、アブラハムは肉体の死を越えて、新たに命を与えられて神さまの御手の内におかれて、生かされているのだ、ということを意味するのであります。ですから、アブラハム、イサク、ヤコブはすでに死んでいるのですが、主なる神さまに名を呼ばれたことによって、命を与えられた、即ち神に御手の内に置かれて復活したのであります。新たに与えられた命は、半透明の亡霊や幽霊や魂だけの存在ではなく、またこれまでと同じ肉を持った者でなく、新たに与えられた体と霊を備えた者として神の国で生かされる者として、であります。御言葉によって天地万物を創造された主なる神さまが名前を呼ばれたならば、いかなる人であっても死で終わりではなく、死の向こう側で新たに創造され新しい体で、永遠の命を生きる者とされるということだと思います。全能の神は約束を守られる方であり、その神の御力によって、全ての信じる者の復活を実現してくださるに違いない、と私たちはそのことを信じているのであります。ですから、「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ」という言葉は、主なる神さまが私たちの名前を呼び「私はあなたの神だ」とおっしゃってくださるのであれば、死から蘇らされて新たに生かされて、復活するということを表しているのであります。そして、このことを信じるということが、神の力を信じるということになります。サドカイ派の人々はこのことが分からなかったのです。そして、彼らは一言の反論もすることはありませんでした。

私たちに復活を確かなものと教え、約束し、先駆けとなって下さったのがイエス・キリストです。父なる神さまが主イエスの名を呼び「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」とおっしゃったのでありますから、生きている者の神が死の力を打ち砕き、主イエスに永遠の命と新しい体を与えられたのです。それが主イエスの復活であり、私たちにそのことを先立ってお示しになられたのであります。主エスを復活させてくださった父なる神さまは、生きている者の神であられ、私たち一人ひとりの名を呼び「私はあなたの神だ」と語りかけて下さるのです。私たちはこの世での死を迎えても、死を超えた向こう側で、必ず復活させられ永遠に生かされるのであります。先日、みもとに送った姉妹もこれまでに天に召された信仰の仲間たちも、生きている者の神が一人ひとりの名を呼び「私はあなたの神だ」と宣言されているのであります。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神さま 御名を賛美いたします。
今朝も私たち一人一人がイエス・キリストの体なる教会へと招かれ、共に御言葉を賜りましたことを感謝いたします。
既に天に召された聖徒たちと共に、今、地上にある私たちも心からあなたを賛美します。聖書に記された弟子たち、いにしえの生徒たち、新宮教会で信仰を守り抜いた信仰の先輩や仲間たちに倣い、私たちも、あなたに従い、福音伝道の業に勤めることが出来ますように。そして生きている者の神がすべての信仰の仲間たちと共に私たち一人ひとりの名を呼んでくださいますように、願い求めます。
10月15日の朝、あなたの御許に召された私たちの大切な姉妹の家族の上に、あなたの慰めがありますように、悲しみを取り除き、傷んだ心に癒やしがありますように、これからの歩みがあなたによって導かれますように、お願いいたします。
これらの祈りと願いを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

2021年10月17日日曜日

10月17日聖霊降臨節第22主日  マルコによる福音書12.13-17 説教

10月17日聖霊降臨節第22主日
聖書:マルコによる福音書12.13-17
説教題:「神のものは神に」
賛美歌:3-4、190−3、425-1、539
誤字脱字が必ずあると思います。
見つけた際に、修正いたします。

本日はマルコによる福音書12章13から17節より、神さまの言葉を共にお聞きしましょう。2週間、間が空きましたが、私たちは礼拝でマルコによる福音書の12章を読み進めています。ここで語られているのは主イエスの最後の1週間の出来事です。本日の箇所は、受難週の3日目であり、論争がなされていました。論争と言っても、前向きのものではなく、主イエスを陥れるために、「祭司長、律法学者、長老たち」、即ちサンヘドリンの議員たちが企てた罠であります。

13節に「さて、人々は、イエスの言葉じりをとらえて陥れようとして、ファリサイ派やヘロデ派の人を数人イエスのところに遣わした」とあります。ファリサイ派とヘロデ派の人々が遣わされてきたとあります。ファリサイ派は律法を重んじて、律法を厳格に守ることがイスラエルの民の務めであると考え、そのように人々を指導していました。また、彼らはイスラエルが独立できず、異邦人の国であるローマ帝国の支配下にあり、民族の自主性が奪われていることを屈辱的であると考えていました。一方、ヘロデ派というのは当時ガリラヤとペレア地方の領主であるヘロデ・アンティパスの下で行政に携わる者たちです。ヘロデ・アンティパスはローマ帝国によって統治を任されておりましたので、ヘロデ派の人々というのは、ヘロデ・アンティパスの権力のもとで利益を得ていた者たちであり、ローマ帝国の支配を受け入れていた者たちです。ですから、この2つの派は対立関係にあり、水と油の関係と言えます。不思議なことに、この両派が協力しあって行動しています。普通、思想や価値観の異なる者同士が協力しあうというのは良いことの様に思えるのですが、それは目指す目的にもより、平和や幸福など崇高なことで協力し合うのなら良いのですが、この両派の協力は悪巧みであり、主イエスを陥れ、排除することで考えが一致しているのです。この両派は、主イエスの福音伝道の初期から主イエスの殺害を計画していました。敵の敵は味方というような関係です。この両派が主イエスと対立するに至ったのはそれぞれ理由があります。ファリサイ派は、自分たちは律法を厳格に守ることで、神に従って行きていると自画自賛している者たちです。その様なファリサイ派に対して、主イエスは律法の信念は「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛」することであり、あなた方はその信念を忘れ、自分たちのために律法を守り、神殿を強盗の巣にして利権を貪り、異邦人の祈り場を蔑ろにしていると糾弾しました。また、ヘロデ派は、ローマ帝国の支配のもとで領主として統治を任されているヘロデ・アンティパスの権力のもとで利権を得ている人たちであり、彼らにとって、神の国をもたらす救い主が現れ、神の支配などをもたらされると非常に困るのです。ですから、ファリサイ派もヘロデ派も主イエスに敵対するという点で一致しているのです。

そして、主イエスを陥れる作戦を立て、ファリサイ派とヘロデ派を主イエスのところへ遣わす命令を出したのは、人々であると記されています。この人々というのは、12章で主イエスが境内を歩いていた際に、主イエスの宮清めの行為に対し「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」と論争を仕掛けてきた「祭司長、律法学者、長老たち」であり、それは最高法院サンヘドリンのメンバーであります。

ファリサイ派とヘロデ派の人々が主イエスの言葉じりをとらえて、陥れるために問いかけたことが14節に記されています。彼らは主イエスのもとに来て、「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです。ところで、皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか」と問いかけたのです。彼らが最初に述べた、「先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです」というのは、はっきり申しまして、歯の浮くような言葉ですが、全く正しいことであります。しかし、それは彼らの本心ではなく、この後の問いかけに対して、主イエスが言い逃がれることを阻止するための伏線であります。「だれをもはばからない」、「人々を分け隔てせず」という言葉の中にはローマ皇帝も含んでおり、彼らは主イエスがローマ皇帝の顔色も気にせず、神の道を教えていると、前置きしているのです。そして、その後に続けた「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか。納めるべきでしょうか、納めてはならないのでしょうか」という当時のイスラエルの人々にとって、答えに困窮する質問で追い込もうとしました。決してこれは、前向きな議論をして、真実を見出そうとするものではありません。

この税金というのは、人頭税のことで、男性は14歳以上、女性は12歳以上で、65歳までローマ皇帝に納める事が義務化されていました。税額はさほど重いものではありませんでしたが、その支払に用いられていた貨幣にはローマ皇帝の肖像があり、皇帝への服従を表すものであると考えられ、当時のイスラエルでは屈辱的な税金であると考えられていました。ですから、イスラエルの人々の間では救い主であるメシアが現れて、ローマ帝国を打ち砕き、その支配からも税金からも解放されることを望んでいました。このローマ皇帝に納める人頭税を認めるのか認めないのかという事は、ローマの支配を認めるか、認めないか、の問題であります。もし、主イエスが税金を納めることを認めると、それはローマの支配を認めることであり、多くのイスラエル人々は主イエスを救い主メシアであると信じていましたので、その信用を失うことになります。また、ファリサイ派としては、主イエスが神の民イスラエルがローマ帝国に屈服して魂を売り渡したと攻め立てることができます。逆に、人頭税を収める必要はないと言えば、ヘロデ派が主イエスはローマ帝国への反逆者であると、ローマ総督ポンティオ・ピラトに訴え出て、捕らえる口実となるのです。そして、彼らは先程も申しましたとおり「あなたが真実な方で、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てせず、真理に基づいて神の道を教えておられるからです」という褒め言葉によって、主イエスに答えざるを得ないように追い込んだと思いました。彼らは、これで主イエスを罠に陥れて、そこから逃げることは出来ないと、自分たちの悪企みが勝利したと確信していたことと思われます。

ところが、主イエスは悪意のある質問の意図を見抜き、絶妙な回答をされるのであります。そのことが15から17節に記されています。主イエスは、「なぜ、わたしを試そうとするのか。デナリオン銀貨を持って来て見せなさい」と言われました。彼らがデナリオン銀貨を持ってくると、「これは、だれの肖像と銘か」と問われました。するとファリサイ派とヘロデ派の人々は「皇帝のものです」と答えました。デナリオン銀貨は、ローマ帝国が発行している貨幣であり、エルサレムにおいても一般的に流通している貨幣であり、人頭税もこの銀貨で納められていました。主イエスはその銀貨に描かれている人物が誰であるか確認させて答えさせました。当時の皇帝ティベリウスの肖像が刻まれていましたので、ファリサイ派とヘロデ派の人々は、「皇帝のものです」と答えました。それを聞くと主イエスは「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言われました。

「皇帝のものは皇帝に」という言葉には幾つかの意味が含まれていると考えることが出来ます。単純にローマ皇帝に人頭税を納めるべきだというものではありません。まず、流通している貨幣が何を意味しているかを考える必要があります。それはローマ皇帝による支配がデナリオン銀貨によって象徴されています。貨幣は権力を持つものが支配している地域の経済活動を管理するために発行するのです。言わばその発行した貨幣が流通する地域がローマ皇帝の支配する領土と言えます。エルサレムにおいてその貨幣が流通しているということは事実であり、その貨幣によってイスラエルの人々が経済活動をして、日常生活を行うことが出来るのです。皇帝ティベリウスの肖像の刻まれたデナリオン銀貨が物語っているのは、イスラエルの人々が日常生活において利用している経済のシステムがローマ帝国の管理のもとで存在しているということです。ですから、納税するということはこの経済のシステムを認め、その経済構造の中で日常生活をするということです。それは支配者であるローマ帝国にとって都合の良い税金かも知れませんが、「皇帝のものは皇帝に」という言葉には、感情やナショナリズムの問題ではなく、客観的なものであり、社会ルール、経済のシステムの問題であるというニュアンスが含まれると思われます。また、当時の貨幣の考え方として、例えばローマ帝国あれば、全ての貨幣は発行者であるローマ皇帝の物であると考えられていました。そうでありますので、流通したデナリオン銀貨はローマ皇帝に全てが返されて戻るべきものだと考えられていました。現代においても、同様であり、例えば日本であれば、日本銀行によって発行された紙幣は日本銀行へ戻るようになっています。何れにしても、主イエスはローマ皇帝の銀貨は皇帝に返すべきだ、即ち税金を納めるのは当然であるとおっしゃっておられます。現実的な事実を直視した立場に立ってお答えになられていると言えます。従いまして、ローマ帝国へ反逆しているということで訴えるという方の思惑は外れてしまい、これでヘロデ派の出番はなくなりました。しかし、主イエスの言葉は「皇帝のものは皇帝に」で終わらずに「神のものは神に返しなさい」という言葉か続きました。「神のものは神に返しなさい」という質問になかった言葉を用いて、議論の焦点を「神のものは神に」と移されたのであります。「神のものは神に返しなさい」というのは、神の民としての生きなさいという勧めであります。ですから、人間が神の領域に立ち入ってはならないという意味を示す言葉です。ですから、イエスという男は神を蔑ろにし、その上律法を無視し、神を冒涜する人物である、と訴えようとしていたファリサイ派の思惑も崩れてしまったのです。そして、彼らは、主イエスの答えに驚き入ったのでした。しかし、私たちはファリサイ派やヘロデ派と同じ様に驚き入っただけで、終わってはなりません。主イエスの「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」という言葉に隠されている深い真理、教会と国家、教会と政治に関連する背景を聞き取らなくてはなりません。

「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」というと、皇帝と神とが並べていますので、あたかも皇帝の支配する領域があり、それとは別に神の支配する領域が別にあるように聞こえます。所謂、政教分離が語られているようにも聞こえます。皇帝は、国家の支配者で、政治においてもトップです。皇帝のもの、というのは、国家のものであるといえます。現実的には税金は、皇帝のものと言っても国家のものであります。ですから、国家の政治の領域に、信仰、即ち神の支配を持ち込むのは良くない、逆に神の領域である信仰や教会に国家や皇帝、また世俗的なことは介入すべきでないので、と聞こうと思えば聞こえます。そう捉えますと主イエスのおっしゃる「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」というのは「政教分離」を勧めているように理解できそうです。しかし、そう考えてしまいますと、神と皇帝或いは国家が同レベルで並列するものとなり、人の生活は2つに分裂してしまい、信仰共同体における生活と日常生活を分けて、あたかもそれぞれ異なった自分を演じるようなことになります。そうなりますと人も国家も信仰も非常に怪しく危うい関係になってしまいます。従いまして、皇帝の領域や神の領域があると分けて理解する政教分離的な考えは間違いであります。

しかし、そもそも、この世の全てのものは神のものであります。詩編24・1に「全地は主のもので 地とそこに満ちるもの世界とそこに住むものは、主のもの」と記されている通り、主なる神さまご自身が創造された地上も、そこにある全てのものが神のものであり、この地上で神のものでないものは無いのであります。エルサレムの神殿も、皇帝も神のもので、神の支配の下に置かれるものであり、国家も神のものであります。「神のもの」は限定されておらず全てが神のものです。従いまして、「皇帝のもの」は「神のもの」に含まれるのです。皇帝は被造物であり人間です。自分が神であると、神に成り代わろうとしたローマ皇帝はおりますが、それは幾らあがいてもなし得ないことであり、それは滑稽なことであり、罪に満ちた危険な思想であります。被造物が創造者になれるはずがないのです。しかし、神になろうとした人間は多くいます。

「神のものは神に返しなさい」という言葉によって、主イエスはこの世の全てのものは主なる神さまがお創りになり、全てが神の御手の内にあり、そして私たちも被造物であり、一人ひとりの命も、この世での歩みも、神さまがご用意して下さったのだ、ということを認識しなさい、と教えられているのです。今、この世界は人間が支配者であり、全てのものが人間のものであると考えている人は多くいますが、これは誤った傲慢な考えであります。全てのものが神さまのものであり、神さまのものは全てを神さまにお返ししなくては成らないことを認識しなくてはなりません。それが神に従う生き方だと思います。私たち全てが主のものであります。主がご用意してくださったこの世界という恵みの中で、被造物である私たちは、生きて、生活し、様々な多くの恵みを受けるのです。ですから、この世界の被造物も自然環境も、同じ被造物である人間が暴君な支配者となり、好き勝手に、汚し、破壊し、食尽くすことは許されないことです。神さまは私たちが、この世界で生きていくための知性と理性を与えて下さっています。ですから、その賜物を用いて、神さまが創造された自然環境の世界の中で、そこから豊かな恵みを得る方策を探すことが可能であると私は考えています。3週間前になりますが、直前の箇所の12章1節〜12節でぶどう園のたとえ話を共にお聞きしました。主人がぶどう園を造り、何から何まで全てを整えてから、農夫たちを雇って管理を任せました。十分実りがもたらされてから、主人は僕を遣わして、取り分を受け取ろうとしましたが、農夫たちは僕たちを袋叩きにし、あるいは殺害し、主人の愛する息子までも殺し、ぶどう園を自分たちのものにしようとしました。それは、神のものは神に返えさない人間の姿を譬えています。このたとえの農夫たちというのは、主イエスを拒み、排除しようとしている祭司長、律法学者、長老たちのことを指しています。今日の箇所でファリサイ派とヘロデ派を遣わしたのが彼らであります。彼らは自分たちが律法を遵守する者であると自認しているにも関わらず、「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」という律法の最も大切な核心部分を忘れ、神さまも律法も蔑ろにしているのです。彼らは、この世界も、自分の命も、律法も、全て神さまが用意し整えてくださったことを忘れて、神を愛さず、自分を愛し、自分が自分の主人になり、支配者になろうとしているのです。即ち神のものを神に返さない、ということです。しかし、それは「祭司長、律法学者、長老たち」に限ったものではなく、私たちも含めて全ての人に当てはまることだと言えます。神のもの、神のご支配を認めず、自分が自分の主人となり、創り主である神さまを主として受け入れない、それは全ての人が陥る根本的な罪であります。創造主であられる主なる神さまが、何もかも整えられた素晴らしい世界を創り、そこに人を住ませたのですが、人は直ぐに罪を犯し、神さまに成り代わろうとし、神さまと敵対し、この世界を我が物のようにしてしまいました。神さまが「極めて良い」とされた世界を奪い取ろうとし、数々の罪で踏みにじったのです。それを正すために多くの預言者が遣わされたのですが、ことごとく無視しました。そして、遂に神の御子が、人の罪を贖い、傷ついたこの世界を癒すために、即ち神の国をもたらすために遣わされたのです。そして、「神のものは神に返しなさい」といわれたのです。その言葉は神のものは神のものであると認めて、主が自分たちの唯一の神であることを知り、神に立ち返りなさいという招きの言葉であります。

なお、主イエスは、国家に従うな、政府に従うな、皇帝に従うな、国の法律を廃止しろ、税金を納めるな、即ち国家権力を否定するような無政府状態アナキズムを求められているのではありません。「皇帝のものは皇帝に」と言われている言葉は、「神のものは神に返す」という信仰生活が根本にあって、それを前提として、神さまのご支配のもとで国家権力による平和や治安の維持、経済活動や社会福祉を認めておられ、その中で役割や責任を負って働きなさいという勧めだと思います。

そうは言っても、理想と現実はかけ離れており、「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」という言葉に従うことは、いつの時代においても容易いことではありません。この聖書の時代のイスラエルの人々にとって、ローマ皇帝は、征服者であり、自分たちに還元されない、ローマ帝国だけが潤う税金を搾取されているのですから、それは屈辱と苦しみともたらす存在です。主イエスはその様な時代において、イスラエルの民に対し、神に従って歩むことを勧め、皇帝の支配を認めて、屈辱と苦しみを伴う人頭税を払うことを勧められました。このことはいつの時代においても、現代においても神のものを神に返し、皇帝の者を皇帝に返すということは、葛藤を伴う事があると思います。平和の主を信じて歩む者が、国民の義務として国家に納めた税金が、無駄に使われたり、戦争に使われることあり、その様な場合、簡単に割り切れないと思います。ただ、現代社会において、思想や信条、立場によって考え方が違いますので、税金の使われ方の目的として絶対的に正しい答えはないかも知れません。それでも、納税の義務は果たさなくてはなりません。終わりの日に希望を持ちつつ、それ日まで、信仰による恵みだけでなく様々な苦しみも負いつつ歩まなくてならないということであります。しかし、この信仰による苦しみは自分ひとりだけで負うのではなく、主が共に負って下さるのです。主イエスは主なる神さまの御心に徹底して従って歩まれ、ローマ帝国の権力のもとで、苦しみを受け、十字架につけられ、死んで葬られて、そして復活されました。そのことで、私たちの罪は赦され、救いの恵みがもたらされ、その恵みの力はローマ皇帝の権力や支配を遥かに凌駕することを明らかにされました。復活された主イエスは神の国へと戻られましたが、既に始まった救いを完成するために再臨すると約束され、それまで約束の聖霊の導きを受け、教会を建て、全ての人々に福音を伝えるようにと命令されました。そして、教会はローマ各地にも建てられ、300年に渡る迫害下においても教会は発展し増え続け、遂にはローマの国教となり、ローマ皇帝がイエス・キリストを主であると告白するに至りました。多くの困難や苦しみがあっても、賜る恵みの大きさに比べれば、それは僅かなものであると考えて、神のものは神に返す、ということを貫いてきたからであると思います。

やがて、時代とともに、ローマ帝国は滅び、その後も、多くの皇帝や指導者が現れては、消え、その度に、国家は入れ替わり、制度や秩序も変化しました。しかし、一方、教会は発展し続け、福音は世界中で語られ、神の支配は最初から全く変わりません。これからも私たちは、神のものを神に返す、ということにより、この世での歩みにおいて、今後も軋轢や困難や苦しみ受ける時代があるかも知れませんが、十字架の死から復活された勝利の主を信頼し、終わりの日まで信仰を貫き通したいと思います。人々を待ち受ける困難や苦しみは、主によって賜る大きな恵みにより、打ち消されてしまうということを信じ、主イエスに従って参りたいと思います。

祈りましょう。
創り主である種なる神さま 今朝も、私たち一人ひとりが、あなたによってこの会堂へと招かれ、共に御言葉を賜りましたことを感謝いたします。
あなたが備えてくださった数々の恵みを日々新たに見つけることが出来ますように。その恵みを与えてくださる神さまに心より感謝します。そして与えられた恵みを人々と分かち合い、共に生かしあう事のできる知恵を与えて下さい。私たちがイエス・キリストの弟子であることを絶えず思い起こし、奉仕と献身の思いを持って、働き、神のものは神に返すことが出来ますように、どうか聖霊なる神さまの豊かな導きをお願いします。
先週、私たちは愛すべき姉妹をあなたのみもとに送りました。この地上での歩みをあなたが片時も離れず、共に歩んでくださったように、死を越えた世界において、永遠の命に結ばれた後もあなたが共に寄り添い姉妹を守り導いて下さいますようにお願いします。そして、悲しみの中にあっても私たちはなおも、地上の命をこえた深い交わりにつながる希望を見出すことが出来ますように。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

2021年10月3日日曜日

10月3日聖霊降臨節第19主日 ローマの信徒への手紙14章1–9節 説教

10月3日聖霊降臨節第19主日(世界聖餐日)
ローマの信徒への手紙14章1–9節
「教会の交わりと一致」
賛美歌:3.4、190−3、191-1、539
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本日はローマの信徒への手紙14章より共に聖書の言葉をお聞きしましょう。

ご存知のようにローマの信徒への手紙は書簡であります。書簡と申しましても、宣教や伝道の一つの手段で、教会全体で回し読み或いは礼拝で読まれることを想定して書かれたものです。自分がその場所に居て語っているというイメージで記されています。現代の読者である私たちが、約2000年前に書かれた書簡のメッセージを出来るだけ正しく聞き取る手がかりとして、何時、何処で、誰が、誰に対して、どの様な目的で書かれたものであるかを、知っておくことが重要だと思います。そこで、まず、この書簡の背景を簡単にお話します。

まず、差出人は、使徒パウロです。しかし、パウロの直筆ではなく、パウロの口述を筆記者が聞き取って記したものです。パウロはテルティオというキリスト者に筆記を任せています。このテルティオという人はコリントのケンクレアイ教会の執事フェベという人の使用人であります。ケンクレアイというところはコリントの外港です。おそらくパウロはエルサレムに向けてギリシャのコリントのケンクレアイ港から出発する直前の西暦57年の春にこの書簡を書いたと思われます。なお、パウロがどの様な人物であったかについては、後日改めてお話します。

この書簡の宛先はパウロがまた訪れたことのないローマ市の諸教会のキリスト者たちです。もともとローマには多くのユダヤ人が住んでおり、ユダヤ教から改宗したキリスト者によって1世紀の半ばには、教会の基盤が出来上がっていました。なお、パウロはローマにおける教会建設や宣教に全く関わっていません。そんなローマの教会へむけて、この書簡を執筆した最大の目的は、パウロが目指しているスペインへの宣教の支援を求める為です。パウロはローマ教会から宣教の未開地であるスペインへの宣教に派遣されることを望んでいるのです。パウロはスペインのあるイベリア半島への宣教を目指しておりましたが、その足がかりをローマ教会に求めようと考えていました。それは資金援助だけでなく、スペインの宣教地に滞在するための手立てや通訳などの人的援助を願う為にこの書簡を記したのでした。宣教の支援のお願いするにあたって、自分が宣べ伝える福音が決して怪しいものでなく、ローマ教会でも受け入れてもらえるものであり、彼らが安心して自分を支援してくれるようにと、丁寧に記した使命の表明といえます。その為、この書簡は、パウロの他の書簡と比べて、パウロの神学的な考えや思想が整理されて記載されたものとなっています。

ところで、1世紀前半のローマ市には多くのユダヤ人が住んでいました。キリスト教は改宗したユダヤ人キリスト者によってもたらされたと考えられています。当初はユダヤ教の会堂であるシナゴーグで集会をしていましたが、41年にローマ市において、集会の禁止令が出されたことにより、シナゴーグでの集会が禁止され、公に集会ができなくなりました。このことがきっかけで、キリスト者独自の集会がローマ市内で深く根を下ろすことに繋がりました。ユダヤ教と一線を置いて、キリスト者による集会が家の教会として根付いていきます。そんな時、49年にローマ皇帝のクラウディウスがユダヤ人追放令を出します。ユダヤ人追放令が出される前の家の教会の構成員の主流はユダヤ人キリスト者で、教会の中心的な存在であり、多数を占めていました。そのユダヤ人が追放されて、教会から忽然と姿を消してしまったのです。教会には異邦人のキリスト者とローマの市民権を持つ少数のユダヤ人キリスト者だけが残されました。その時の教会は危機的な状態であったと思いますが、残された異邦人キリスト者たちが中心となって伝道し発展していきます。そして、54年に追放令が解かれます。そうするとローマ市から追放されていたユダヤ人キリスト者の一部がローマに帰ってきました。しかし、既にローマ市内の家の教会では異邦人キリスト者が多数派となっており、ローマにおける教会の勢力図に全く変わっていました。この勢力図の変化によって、異邦人キリスト者と帰還してきたユダヤ人キリスト者との間で亀裂が発生しました。今日の聖書箇所の14章はまさしくそのことを示しているところです。それはパウロがこの書簡を執筆した目的の一つと言えますが、分裂しそうな教会の一致を図ろうとしたのです。これはパウロにとって重要な問題で、万が一、ローマ教会が分裂してしまいますと、パウロのスペイン宣教の計画に支障生じることになります。なお、パウロはローマへ行ったことがありませんが、交わりのあるユダヤ人キリスト者でアキュラとプリスキラの夫婦を始め、ローマから追放されたユダヤ人キリスト者から詳細な情報を得ていたと考えられます。なお、パウロは闇雲に行き当りばったりで宣教するのではなく、神の御心を問いながら情報収集を大切にし、戦略的に宣教しました。それでは、1節より以下順を追って読み進めます。

1節ですが、「信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません」とあります。信仰の弱い人というのは、どういう人たちであるのか、聖書のこの箇所だけを読むと何の事か全く分かりません。結果から申しますと、信仰の弱い人たちというのはユダヤ人キリスト者を指しています。この時の状況としては、ユダヤ人追放令によってローマを離れていたユダヤ人のキリスト者が、追放令が解かれたので、ローマへ帰還し所属していた教会へ戻って来ましたが、以前と全く様相が変わっており、異邦人キリスト者が多数を占め、自分たちが少数派となり肩身の狭さを感じていました。ここで、パウロは、信仰の弱い人たちを積極的に招き入れなさい、そして弱い人の信仰や考え方の良し悪しを批判せずにそのまま受け入れなさい、と異邦人キリスト者、即ち信仰の強い人たちに勧めています。もう少し、ストレートに言えば、ローマ教会に戻りたいというユダヤ人キリスト者を一切拒むことなく無条件で受け入れなさい、と勧めているのです。それと、もう1つ重要なこととして、パウロは双方が議論して、違いを明らかにしたり、どちらが正しいか比較したり、意見を一つに纏めることを求めておらず、一方の考えだけで教会を染めようとは考えていないということです。

次に2節ですが「何を食べてもよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜だけを食べているのです」とあります。何を食べてよいというのは、文字通り肉でも野菜でも何を食べても良いと言う意味です。ここで信仰の弱い人というのは、肉を食べずに、野菜しか食べない人のことです。信仰が弱い人という表現は違和感を感じます。これは「神の前ではあらゆる食べ物が清い」というパウロの考えからすると、「肉は汚(けが)れたものであり食べるべきでない」という考え方のキリスト者は「信仰の弱い人」に見えたのでしょう。ここで信仰が弱いというのは信仰に不熱心であるとか、希薄と言う意味でありません。宗教的な様々な行為や行動において、自分と異なった考え方や行為や行動は弱さと映ることがあります。しかし、自分にとって信仰の弱さと見えることであっても、神さまが受け入れられたものであるのならば、尊重しなくてはならないというのが、パウロの考えであります。そして、先ほども申しましたが、野菜だけを食べている弱い人、というのはユダヤ人キリスト者のことで、これは旧約聖書の律法に記されている食べ物に対する規定が生活習慣になっている人たちことを示しているのであります。

また、2節は、各々キリスト者たちが律法を克服しているか、していないかの違いを述べています。つまり、律法の規定にとらわれず、何を食べても良いと信じているキリスト者も居れば、律法を拡大解釈し一切の肉を遠ざけて野菜だけを食べているキリスト者が居るというものです。大雑把にいいますと、全てのものを食べて良いと考えているのは異邦人キリスト者で、野菜のみを食べるのはユダヤ人キリスト者です。皆さん、ご存知のように、キリスト教はユダヤ教の中からスタートしました。1世紀のキリスト者の多くはユダヤ人でユダヤ教からの改宗者でありますので、当たり前のようにモーセの律法や宗教的習慣に従って生活をしていました。そのようなユダヤ人キリスト者の宗教的な行為や習慣は、思いつきや個人的な考えによるものではなく、神さまとの関係の中で時間をかけて培われたものです。食物規定もその一つで、行動として行う律法です。ユダヤ人キリスト者はキリスト教へ改宗したからと言って主なる神さまから、別の神さまに乗り換えたわけではありませんので、生活習慣となった宗教的な行動は簡単に捨て去ることは出来ません。一方、異邦人キリスト者は、もともとそのような風習やユダヤ教の伝統を持っていません。ですからキリスト教へ改宗にした当初より律法の行為から自由でありました。キリストを信仰することにおいては、どちらも同じですが、習慣の違いがあったのです。パウロは、どちらも聖霊によって神さまに受け入れられたキリスト者でありますので、そのような外見上の行動を批判しても、意味が無い事だとお教えているのです。

3節と4節に「食べる人は、食べない人を軽蔑してはならないし、また、食べない人は、食べる人を裁いてはなりません。神はこのような人をも受け入れられたからです。他人の召し使いを裁くとは、いったいあなたは何者ですか。召し使いが立つのも倒れるのも、その主人によるのです。しかし、召し使いは立ちます。主は、その人を立たせることがおできになるからです」とありますが、まず3節では、神さまが何でも物を食べる人も、野菜しか食べない人も受け入れている以上、全ての人々は神さまの前に大切な人々であるので、それを人間同士が人間の価値判断で裁きあってはならない、と述べているのです。

そして4節でいう、主人というのは主イエスの事を譬えています。召し使いとは、主イエスのもとで働く使用人であり、キリスト者を譬えています。信仰の強い人も信仰の弱い人も同じ主人に仕える、言わば同僚の召し使いでありますので、当然、同僚の召し使いは自分の召し使いであるはずがありません。2人とも同じ主人のものであり、主人だけが裁く権利を持っています。つまり信仰の強い人も弱い人も、言わば神の家の働き手として、主人であるイエス・キリストの監督下にいるのだということです。ですから、キリスト者同士がお互い裁きあう権限も権利も持っていません。したがって、主人である主イエス以外に誰も、その召し使いを裁くことは出来ないのだ、と4節でパウロは訴えているのです。

5節ですが「ある日を他の日よりも尊ぶ人もいれば、すべての日を同じように考える人もいます。それは、各自が自分の心の確信に基づいて決めるべきことです」とあり、1節からの「弱い人」の議論が続いています。ローマ教会のユダヤ人キリスト者の中には、ユダヤの祭日を守る人がいました。その様にある日を「他の日より尊ぶ人」を、弱い人と呼んでいます。この弱い人たちは、祭日を尊ばない異邦人キリスト者を軽蔑していました。弱い人にとって律法はなおも、キリスト者の生活を規定するものでありました。しかし、ある日を重視して尊ぶということはそれ以外の日を軽く考えることに繋がる危険があります。一方、強い人である異邦人キリスト者の立場は、聖なる日を特別に区別することなく、「すべての日は同じように」神の奉仕に捧げる日と捉えています。そうなりますと毎週の礼拝に向き合う姿勢に違いが生じます。パウロは強い人の考えを正しいものとしています。「強い人」の考えは主イエスの救いの力により、律法の規定は破棄された、ということを根拠にしています。しかし、ユダヤ人キリスト者も異邦人キリスト者も確信に基づいて自分の信仰の形を守ろうとしています。この様に異なった習慣を持つ熱心なキリスト者が同じ交わりの中にいる時、どの様に対応すべきか、パウロは悩んだと思います。現代の教会においても同じ様な問題があると思います。キリスト教会の歴史を振り返ると様々な問題が繰り返して生じ、分裂や争いを経験しております。しかし、そのような争いの中でキリスト者たちは、ニカイア信条や三位一体論など、共通の教義が定め、教会の一致を保とうと苦労してきました。ところで、パウロがこの時とった行動は、争点になっている問題に対して、どちらにも加担しないことでした。それぞれに配慮して、どの様な違いがあるかの把握にとどめ、個人的な決定を下さないことでした。それよりもパウロは生じているこの問題が教会へ及ぼす影響に気を配っています。そして、それぞれのキリスト者が神さまの御心を求め、自分の心の確信に基づいて決めるべきだと勧めています。弱い人も強い人も、追い込むことなく、双方を生かそうとしたのです。

そして、6節ですが「特定の日を重んじる人は主のために重んじる。食べる人は主のために食べる。神に感謝しているからです。また、食べない人も、主のために食べない。そして、神に感謝しているのです」とあります。特定の日を重んじる人は、それぞれの信仰に則ってそうしているのであり、それは神さまに対する正しい行為と考えています。また、すべての物を食べる人も、野菜しか食べない人も同様であって、いずれも、それぞれ、神さまとの関係の中で、神さまに感謝して神さまの御前でそうしている限り、それは聖なる行為であり、批判される理由はないのです。現代の日本でも特定の日を重んじることがありますが、パウロの時代のローマの教会の中で、勿論ユダヤ的な伝統による過越祭や五旬祭などもありましたし、日本的に言いますと大安や仏滅とかに相当するものや、異教的な祭日もあったようです。そのような中で、信仰の強い人は暦における日々の区別は一切せず、日々の全てを主が与えて下さった日と考えていました。現在、多くのキリスト者は祝祭日にこだわらないと思います。しかし、同じキリスト者であっても、育ってきた教会や教派によっては、特別な日を重んじるキリスト者はいますが、それを批判したり、軽蔑すべきではないと思います。今現在、私たちの日本キリスト教会では祝祭日において信仰に関わる問題はおこっておりません。しかし、天皇の代替わりや過去の戦争の時代も含めて、日本のキリスト教の歴史において、祝祭日に関することで、キリスト者としての良心、即ちイエス・キリストに心から従うことを困難にさせることが何度もありました。そして、そのような事があっても教会の交わりの中で自由と一致を保持しようとさまざまな苦労と工夫がなされたのです。だから、いまこうして私たちに信仰が引き継がれているのです。現在も、キリスト教会には色んなタイプがあり、様々な考え方のキリスト者が集まっていると思います。しかし、その様な多様な人の集まりがあっても、なおそこに一致があって自由がある、それがキリスト教会であるのだと思います。そして、それは主が私たちに与えて下さっている教会の姿であるのだと思います。

次に7から9節ですが「わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです」とパウロは語っています。ここで、所謂キリスト教的な生死観の話が展開されます。4節で「他人の召し使いを裁くとは、いったいあなたは何者ですか」において、他人というのはイエス・キリストのことであり、召し使いはキリスト者であることを申しましたが、9節ではイエス・キリストがどの様にしてキリスト者の主になられたのか、ということが説明されています。また、6節に「主のために」日を重んじたり、食べたり食べなかったりする話がありましたが、「主のために」という原理や根拠が7節から9節にもっと広い意味で、キリスト者の人生が「主のため」であると説明しています。

イエス・キリストは神の御子であられるのですが、救い主として肉を取ってこの世に来てくださり、私たちの代わりに私たちの罪を負って十字架で死に、死を克服して蘇って下さいました。この事実によってイエス・キリストが贖い主として私たちの上に立ち、主人として支配されているのです。また、イエス・キリストは死んで、死を打ち破って蘇えられたことで、死人の主となって下さったのです。このようにパウロはイエス・キリストの死と復活の意味を理解しています。そして、キリストは今、終末へむけて、この時代を生きている私たちの主でもあられます。ですから、そのようなイエス・キリストを知り、そして信じている私たちキリスト者は、7節にありますように、自分のために生きて死ぬのではなく、8節にありますように、主のために、生きて死ぬという人生へと変えられるのです。

パウロは、主イエスとキリスト者との関わりを、人間の思いや意思を超えた何か巨大で無機質な力で支配された人生ではなくて、主イエスとそれぞれのキリスト者との有機的で人格的な愛のある交わりであると考えています。そして私たちの主となるために、私たちに代わって死に、私たちに先立って永遠の命を生きて下さったのだ、と考えています。こうして私たちは主であるイエス・キリストを知るようになりましたから、私たちはそんな主のために生きよう、主にありて死のう、というイエス・キリストとの人格的な結びつきの中で、人生の営みを行うことが出来るのだとパウロは語っています。

ただ、生きるという点において、自分のためでなく、主のために生きる、というのは意味としては解るかと思います。好き勝手にワガママにではなく、前向きに主の栄光のために生きようというのは頷けると思います。しかし、死ぬ方ですが、主のために死ぬ、となりますと、どうもシックリ来ません。前向きに生きることはできますが、前向きに死ぬ、あるいは積極的に死ぬということは、考えづらいものがあります。実はここでパウロが言っております、「死ぬのも主のために死ぬ」という「主のため」とは、主イエスのために犠牲になるとか、命をかけて何かをするなど、死ぬということに対する本人の考えや意識また覚悟のことではなく、キリスト者の死というものが、自分とキリストが強く結び付けられた状態の中で起こるということで、死でさえも私たちをイエス・キリストから引き離すことができない、ということをパウロは言いたいのであります。そのために8節で生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです、と宣言できるのです。主イエスと私たちとの結びつきや間柄は、キリスト者本人の感情や気持ちより、もっと客観的であり、人間の情緒的な感情の起伏に左右されることがなく、頑丈で死に至っても決して損なわれることのないものです。主イエスとの結びつきは人間としての一時の感情などに左右されない客観性に満ちたものであり、死でさえも何の影響も与えることは出来ないのです。言い方を代えますと、主にあって死ぬというのは、死という出来事がキリスト者である私たちの信仰生活と全く関係のない何処か分からない所で秘密裏に起こるのではなく、主にある信仰生活の経験として迎えることが出来るというものです。

勿論、キリスト者であっても、死を止めることも、避けることも出来ませんし、キリスト教に改宗しても、死が怖いと感じなく成るものでもありません。死は不安で不気味なものであります。しかし、今の時代を生きる私たちにとって幸いなことに、イエス・キリストは約2000年前に、死んで、死というものがどのようなものかを経験され、その死を打ち破って蘇られました。そのことによって、私たちは、自分が死んでいく時、死を自分一人だけで経験するのでなく、死においても死んだあとも、イエス・キリストと堅く結ばれているのです。私たちと堅く結ばれているイエス・キリストは死を経験され、死を克服して蘇って下さったのであります。その主が終わりの日に私たちを蘇らせ永遠の命を与えてくださるのです。死を迎えるときもその主と結び付けられていることを覚えておかなくてはなりません。キリスト者にとって死は最強の敵ですが、死を打ち砕いて下さったイエス・キリストが私たち一人一人に、私の主として強く繋がって下さっています。主イエスは死という最強の敵より遥かに強く、死を凌駕されているのです。そのイエス・キリストが教会のかしらでおられるのです。ですから、教会の交わりは強いのです。生きている者も死んでいる者も、イエス・キリストに堅く結ばれて、一つの交わりを形成しているのです。イエス・キリストの恵みに感謝しましょう。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神さま、あなたの御名を賛美いたします。
私たちは、それぞれ違った時に、違う場所で、異なった生活と風習の中で生まれ、育ってきました。その様な私たちを、あなたはキリストの福音で捉えキリスト者として召し、ひとつの群れを作って下さったことを感謝いたします。どうか、この群れの一人一人が主のために生き、主のために死に、生きるにしても死ぬにしても主の僕として、働き、執り成し、祈って行くことができますように、私たちの信仰を導いて下さいますようにお願いします。
この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

2021年9月26日日曜日

9月26日聖霊降臨節第19主日  マルコによる福音書12.1-12 説教

9月26日聖霊降臨節第19主日
聖書:マルコによる福音書12.1-12
説教題:ぶどう園のたとえ
賛美歌:3.3、190−2、511-1、545

誤字脱字が必ずあります。見つけ次第修正いたします。

本日は、マルコによる福音書12章1-12節より共に神さまの言葉をお聞きしましょう。マルコによる福音書ではマタイやルカほど多くはありませんが、主イエスは、幾度となくたとえ話をされておられます。特に、神の国の奥義などを教えられる時にたとえを用いられています。神の国のたとえ話は、神の救いについて教えるものであり、人々に福音を伝える内容であります。本日の箇所のたとえ話は、神の国の奥義の教えとは異なった性質のもので、宗教指導者である祭司長、律法学者、長老たちとの、論争のために語られたたとえ話であります。そして、この論争で宗教指導者たちを痛烈に批判されておられるのです。また、この論争は先週の礼拝の箇所の続きで、「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」という質問をした祭司長、律法学者、長老たちとの論争が継続されており、主イエスが彼らに「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい」という言葉に続けてお話になったたとえ話です。ということでありますので、たとえ話とであるのですが、論争であります。

「ある人がぶどう園を作り、垣を巡らし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て、これを農夫たちに貸して旅に出た」という言葉で始められており、これはたとえ話の舞台設定が示されています。ぶどう園を造るには、まず土地をよく耕し、石を取り除き、ぶどうの苗を植えるのですが、それだけでなく動物や泥棒から守るために垣を張り巡らし、見張りをしたり、農夫たちが寝泊まりするためにやぐらを建てなくてはなりません。また、当時、ぶどうは食用ではなく、ぶどう酒の原料でした。ですからぶどう酒の絞り場も必要でした。これらを全て準備してぶどうの実がなるのを待ち、そして実れば収穫し、ぶどう酒を造るのです。この12章1節の「ある人」というのはぶどう園の主人でオーナーです。主人はぶどうの栽培とぶどう酒作りの施設を全て整えて、あとは農夫たちに貸したのです。農夫はぶどうの世話し、収穫して、ぶどう酒を造ることを委託れたのです。雇用人である農夫にとって最高の条件です。開墾もせず、ぶどうを植えることもせず、設備の購入や建設することもなく、何もかも整えられた状態でぶどう園を与えられるのです。リスクは全く無く、たとえ失敗しても失うものは何もありません。農夫たちはぶどう園を任されておりますので、収穫すれば、その収穫の一部を主人に納めるのです。

ところで、主イエスはイザヤ書5章1-7節をイメージして、このぶどう園のたとえを語られていると考えることが出来ます。念の為にイザヤ5章1-7節をお読みします。

1 わたしは歌おう、わたしの愛する者のために/そのぶどう畑の愛の歌を。わたしの愛する者は、肥沃な丘に/ぶどう畑を持っていた。2 よく耕して石を除き、良いぶどうを植えた。その真ん中に見張りの塔を立て、酒ぶねを掘り/良いぶどうが実るのを待った。しかし、実ったのは酸っぱいぶどうであった。3 さあ、エルサレムに住む人、ユダの人よ/わたしとわたしのぶどう畑の間を裁いてみよ。4 わたしがぶどう畑のためになすべきことで/何か、しなかったことがまだあるというのか。わたしは良いぶどうが実るのを待ったのに/なぜ、酸っぱいぶどうが実ったのか。5 さあ、お前たちに告げよう/わたしがこのぶどう畑をどうするか。囲いを取り払い、焼かれるにまかせ/石垣を崩し、踏み荒らされるにまかせ6 わたしはこれを見捨てる。枝は刈り込まれず/耕されることもなく/茨やおどろが生い茂るであろう。雨を降らせるな、とわたしは雲に命じる。7 イスラエルの家は万軍の主のぶどう畑/主が楽しんで植えられたのはユダの人々。主は裁き(ミシュパト)を待っておられたのに・見よ、流血(ミスパハ)。正義(ツェダカ)を待っておられたのに/見よ、叫喚(ツェアカ)(イザ5.1-7)。

このイザヤ書5章もぶどう畑のたとえ話であり、ぶどう畑を国家としてのイスラエルであるとたとえ、それを準備し、造って、整えたのは主なる神さまであり、ぶどうの木は民である人々のことを指しています。主なる神さまはぶどうの苗であるイスラエルの民一人ひとりを、神さまが開梱し整えられた肥沃な畑に植えて、世話をし、手入れもし、見張りの塔を建て獣や泥棒から守り、酒ぶねを掘って、良いぶどうが実るのを待ちました。これで良いぶどう以外のぶどうが出来ようがない程に手をかけられました。それ程に、主なる神さまはイスラエルの民に愛と恵みを注がれておられたのです。ところが実ったのは良いぶどうではなく酸っぱい葡萄でした。イザヤ書5章7節に1節から6節までの解説が書かれており、正しい裁きの代わりに流血、正義の代わりに叫喚(きょうかん)が民の中に満ちている、とまとめられています。即ち、イスラエルの民は神さまの望まれている実を結ばなかった。それは神さまの恵みを無駄にし、正しく応答しなかったのだとイザヤ書5章はたとえているのです。主イエスはイザヤ書5章が念頭にあって、今回のたとえ話をされたのだと考えられます。しかし、両者を詳細に比べると示していることに違いがありますが、双方とも愛と裁きをテーマにしています。だから、主イエスはイザヤ書5章のイメージを使われたのだと思います。そして、主イエスはイザヤのぶどう園のたとえを発展させて、実りの悪さの原因をそこで働く農夫、即ち宗教指導者にあるとしたのでした。

この様に申しますと、主イエスのぶどう園のたとえで用いられている、言葉の一つ一つが何を指しているか、意味しているかということが浮き上がってきます。かなり以前、聖書のたとえの解釈の一つとして寓意的に読むという方法がありました。このぶどう園のたとえだと、「垣を巡らし」というのはイスラエルに与えられた律法を指し、「見張りのやぐら」は預言者をさすとなどと、一語一語意味すると思われる言葉を当てはめて理解する方法です。しかし、最近では、たとえ話をその様に解釈するのは良くないとされています。読者が聖書の言葉を、これは何を指しており、あの言葉は何々に置き換えられる、などと解釈して読むと、著者が語ろうとしている話が、読者の考えで全く違ったものになってしまいます。聖書の言葉を自分の都合に合わせた勝手な解釈になる可能性があると思います。たとえ話であっても、あくまでもそれぞれの言葉の持つ意味で捉えて、聖書の展開を読み取っていくべきであると思います。しかし、本日の箇所の場合、主イエスご自身があえて意識的に、祭司長、律法学者、長老たちに対して、そして読者に対しても、すぐ分かるように寓話的(アレゴリカル)に、たとえ話を話されておられているようであります。逆に、そのことを理解して、私のこのたとえを聞きなさいと言われているように思います。

寓話的に見ますと、「ある人」というのはぶどう園の地主のことで、それは主なる神さまのことを指しています。「ぶどう園」はイスラエルの民、「農夫たち」は祭司長、律法学者、長老たちなどの宗教指導者、「収穫の時に収穫を受け取るために送られた僕」は預言者、「わたしの息子」は主イエスを指していると理解できます。そして、主人はぶどう園を完璧な状態に整えることが出来ましたので、あとの管理と収穫を農夫たちに任せて、その土地から離れて、旅立たれました。

さて、主人は「収穫の時になったので、ぶどう園の収穫を受け取るために、僕を農夫たちのところへ送った」のでした。ぶどう園を造ってから収穫が出来るようになるまで4―5年ほどを要します。ですから、主人が旅立って直ぐに僕がやって来た訳ではありません。僕がやって来たのは、ぶどうが収穫され、ぶどう酒が造られ、収益が十分得られるようになってからのことです。特別な作業や労苦の必要はなく、ぶどうの園での生活は支えられており、さらに時間的余裕も十分与えられておりますので、農夫としての勤めを普通に果たしさえすればよかったのです。そうすれば、収穫が上がり、主人に取り分を払い、自分たちも多くの収益を得たはずであります。時期が来たので主人は収穫の一部を受け取るために僕を遣わせました。ところが、農夫たちは、主人の僕が収穫を受け取りに来ると、収穫を渡すどころか、僕を捕まえて袋だたきにし、何も持たせないで帰したのでした。袋叩きというのは、説明する必要はないと思いますが、人を集団で殴る蹴るなどの暴力を振るうことで、人を死に至らせることもあります(民35.21)。農夫たちのこのような行為は、この僕を送ったぶどう園の主人に対する極めて挑戦的な行為であります。ところが、主人は農夫たちに報復処置を取らずに、忍耐強く再び別の僕をぶどう園に送り、収穫を受け取ろうとしました。農夫たちは、この僕も最初の僕と同様の目に合わせました。忍耐強い主人は、さらに多くの僕たちを農夫たちの所へ送ったのですが、僕たちは殴られたり、殺されたりして同様の屈辱を受けたのでした。それに対して農夫たちは主人に何も払いませんでした。そして、農夫たちの殺意と主人に対する反発は一層高まっていきました。

先程も申しましたが主人は主なる神さまで、遣わされた僕たちは預言者たちを指します。これは、かつて神から送られた多くの預言者たちが、イスラエルの民に回心して神に立ち帰ることを説いたにも関わらず、無視されたり、迫害されたりしました。イスラエルの民、取分け宗教指導者たちは、神さまから遣わされた預言者を受け入れなかったのです。直近では、主イエスの先駆けとして遣わされた洗礼者ヨハネが殺されました。先週の聖書箇所で主イエスが「ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか」と質問された場面で、宗教指導者たちが、洗礼者ヨハネを受け入れなかったという、事実を突きつけました。それは、あなたたちは主人が遣わした僕を殴り殺した農夫そのものだと、言われておられるのです。

主イエスのたとえ話は更に先に進みます。6節からは数日先の近未来に起こる出来事を寓話的(アレゴリカル)にたとえられます。6節ですが「まだ一人、愛する息子がいた。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と言って、最後に息子を送った」とあります。主人は最後に最も大切な自分の息子を送り、期待を託したのでした。『わたしの息子なら敬ってくれるだろう』と最後の望みをかけたのです。これは明らかに、主なる神さまが多くの預言者たちを送っても、神に立ち帰らないイスラエルの民に、最終的に神の子イエスを送ったことを示しています(ヘブ1.1-4)。「まだ一人、愛する息子」と言う表現は、これまで主人が送った僕のことも主人は同様に愛していたことを示しています。主人は愛する僕たちをこれまでに送り続けてきたのでした。そして、最後に残った愛する息子を僕たちと同じ様にぶどう園に送ることにしたのです。普通、私たちの常識では考えつかない決定です。主人は自分の僕たちが迫害されても、殺されても、依然として農夫たちを信じようとしているのです。これより、主人は忍耐と愛に満ち溢れていると理解できます。

ところが、農夫たちは主人の息子を見ると「これは跡取りだ。さあ、殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる」と相談し殺害を決定したのでした。相続人の息子が死に、父親である主人が死ねば、ぶどう園は自分たちのものになると考えたのでした。そして、息子を捕まえて殺し、ぶどう園の外に放り出してしまいました。お分かりだと思いますが、ぶどう園の主人が父なる神でありますので、跡取りは神の息子は主イエスであることを指しており、そしてその出来事は数日後に主イエスが祭司長、律法学者、長老たちによって捕らえられて殺されるということを予告されているのです。そして、最後はイスラエルの民も十字架につけることに賛同したのです。最終的に、宗教指導者もイスラエルの民も主イエスが自分たちの軛を共に負って下さり(マタ11.29)、共に豊かな収穫を分かち合い、豊かな交わりを持って下さる方であることを全く分かろうともせず、主イエスをいわゆる財産の相続人である跡取りで、すなわち神の恵みを独占する者であると見ているかのようです。イスラエルの民が神の御子イエスを殺害したのは、父なる神の恵みを奪い取るためと映ります。言い換えれば、自分たちが神に成り代わろうとしているかのようです。その祭司長、律法学者、長老たちは主イエスを陥れて殺害することを企んで、言葉尻を捕らえて、逮捕する口実を作ろうと論争を仕掛けたのであり、主イエスは今、彼らのしていることをたとえで語ったのです。彼らは、そのたとえは自分たちのことであると悟り、更に心を頑なにし、憎しみと敵意、殺意を増して行ったのです。

ところで、このぶどう園の主人が求めておられるもの、受け取ろうとされている収穫とは何か、ということでありますが、本来であれば、農夫たちは、小作農でありますので、少なくとも小作料支払わなくてはなりません。しかし、主人が求めたのは小作料ではありません。主人が求めたのは、彼らが豊かになり、主人との良き交わり、隣人との良い交わり、そして平和な世界を築くことであると思います。主人は何度も僕を送り出し、殺されることが予測できても最後は愛する息子まで遣わしたのは、それでもなお、「わたしの息子なら敬ってくれるだろう」と彼らを信頼し、彼らとの正しい関係を築こうとされたのです。小作農を力ずくで従わせるのではなく、自分のぶどう園で働く農夫を、とことん赦され、恵みを与え、正しい関係を結ぼうとされたのです。それが主人の求める収穫の取り分であります。

ところが、農夫たちは主人へ取り分を支払うことを拒否し、息子を殺してぶどう園の外にほうり出してしまったのでした。農夫たちは小作料を支払うのを拒否しただけでなく、主人の愛も赦しも一切受け止めず、主人との関係を完全に断ち切り、ぶどう園を自分のものにしようとしたのです。実際、主イエスは、祭司長、律法学者、長老たちに受け入れられず、自分たちが主人であるがごとく、主イエスを裁き十字架につけて殺したのです。自分たちを選んで下さった主なる神さまを完全に見失っており、自分たちが待ち望んでいた救い主である神の御子が遣わされたにも関わらず、それを全く認めようとせずに十字架の死へと追いやったのです。

9節に「さて、このぶどう園の主人は、どうするだろうか」とあります。農夫たちは主人の愛する息子を殺害し、完全に主人との関係を全て拒否し断ち切ったのです。関係の修復は不可能であります。その結果主人は「戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない」ということになるのです。こうして、主イエスは、祭司長、律法学者、長老たちに対して、自分の説いたたとえの応答を求めました。また、このようにして主イエスは権力者である「祭司長、律法学者、長老たち」に父なる神さまの裁きの到来を想像させようと試みられたのです。「戻って来て農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人たちに与えるにちがいない」という言葉については、この後の歴史がどうなったかを見てみますと分かってきます。私たち後世の者はそのような視点で聖書の言葉を確認することが出来ます。西暦70年にエルサレムはローマによって陥落され破壊されました。そして132−135年のローマとの戦争で完全に敗北しローマがイスラエルの地名を「パレスチナ」と改称しました。当時のローマ皇帝ハドリアヌスはイスラエルの不安定要因はユダヤ教とその文化にあると考え、その根絶を図りました。ユダヤ暦の廃止を命じ、ユダヤ教指導者たちを殺害しました。律法の書物は神殿の丘に廃棄され、埋められました。さらにエルサレムの名称を廃して「アエリア・カピトリナ」とし、イスラエルの民の立ち入りを禁じたのでした。

しかし、それでもイスラエルの民を完全に捨ててしまわず、裁きはあったのですが、救いの道も用意されておられました。しかも、救いはイスラエルから世界へと広げられたのです。このぶどう園のたとえは神さまとイスラエルの民との関係から、主イエスの到来によって、ぶどう園の規模は大きくなり、世界に広がり、現在では私たちも農夫であり、ぶどうの木であります。そういう意味では、今日の聖書の言葉は私たちに向けた言葉であります。ですから、私たちも恵まれた小作農であります。私たちは全てを神さまが与えてくださっていることを認め、神さまが自分の主人であることを知り、受け入れ、正しい関係の中で隣人とともに平和に生きることを求められているのです。そして、主なる神さまは私たちに永遠の命を得ることを望んでおられるのです。主なる神さまはそのために独り子の主イエスをこの世に遣わせたのです。福音書記者ヨハネはそのことを「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハ3.16)と語っています。

ぶどう園のたとえは9節で終わります。10節から違うたとえになるのですが、話は繋がっています。主イエスは宗教的指導者に対して、詩篇118編22節を引用して語られました。詩篇118は神さまの救いの恵みの感謝と神さまへの賛美の詩といえます。そして10節に「家を建てる者の捨てた石、これが隅の親石となった」と言う言葉があります。これは家を建てる時に建築家に不要だと判断されて捨てられた石こそが、隅の親石として、中心的な役割を果たすと言う意味です。「隅の親石」というのは、建物の屋根の隅に置かれる要石とか、石造りの丸天井やアーチの天辺にはめ込む石(ゼカ4.7、10.4)、あるいは建物の土台の礎石(ヨブ38.6、イザ28.16、エレ51.26)のことです。次に、11節では「これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える」とあります。これは詩篇119編23節の言葉「これは主の御業わたしたちの目には驚くべきこと」の引用です。建築家に不要だと判断されて捨てられるような石が重要な役割を果たすということは、人間の目には驚きであると言う意味です。この様に、神さまはこの世で捨て去られるようなものに目を留め、それを尊い目的のために用いられるのです。神自身が、捨て去られた石の傍らからそれを拾い上げ、隅の親石として用いられるのであります。この隅の親石のたとえは、ぶどう園のたとえで、農夫たちは愛する息子を殺害し、ぶどう園の外に放り出して捨てたのです。即ち、主イエスが十字架につけられて殺され、陰府に捨てられたのですが、そのことを通して、主なる神さまの救いが実現されることを示しています。しかし、私たちは「祭司長、律法学者、長老たち」だけが、とんでもない罪を犯したと、考えるのは間違いです。これは全ての人が同じ様に犯している罪であります。ですから主イエスは私たち全ての罪を背負って十字架にかかり、死の呪いも滅びも代わって引き受けて下さったのであります。それによって、神さまは私たちに罪による赦しの恵みを下さったのです。そして、主なる神さまは主イエスを陰府に捨て置かず、復活させて下さり、主イエスを隅の親石として新しいイスラエル、新しい神殿である教会を全ての人のために建てて下さいました。そして教会はすべての人に救いの扉を開いているのです。

12節、最後の節には「彼らは、イエスが自分たちに当てつけてこのたとえを話されたと気づいたので、イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。それで、イエスをその場に残して立ち去った」とあります。主イエスがこのぶどう園のたとえ、隅の親石のたとえを、宗教指導者たちに語ると、彼らは主イエスを捕らえようとしました。それは、ぶどう園の農夫たちがぶどうの収穫の時に主人から送られて来た僕たちや、最後に送られて来た主人の息子をも殺したと同様に、宗教的指導者たちが、神から送られてきた預言者である洗礼者ヨハネを迫害し、最後に送られてきた神の息子である主イエスを殺そうとしている事を示唆したためです。また、彼らは主イエスに心の内を見透かされ、ある意味企みを明らかにされ、何も返す言葉も反論の言葉も発することが出来ませんでした。そして、主イエスに応答することも受け入れることもせず、拒絶したのです。こうして、宗教的指導者たちはイエスの言葉に苛立ちを覚えながらも、主イエスの捕らえることも出来ず、主イエスを残してその場を立ち去ったのです。

しかし、主イエスと宗教指導者たちの論争は続きます。続きの12章13節以降の聖書の言葉は、少し間が空きますが、10月17日、10月第3聖日の礼拝で共にお聞きしましょう。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神さま、1週間の歩みが守られ礼拝のために会堂へと集められ、共に御言葉に与ることができましたことを感謝いたします。
私たちは日々の生活の中で、あなたの交わりの中に置かれ、主の栄光を表すことが出来ますように。私たちの働きが、御心にかなったものとなりますように。人間の独りよがりの考えや思いにより頼むのではなく、あなたの知恵に頼り、御心を行うことが出来ますように。あなたの恵みを人と分かち合い、真の平和と豊かさを求めて生きることが出来ますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

2021年9月19日日曜日

9月19日聖霊降臨節第18主日  マルコによる福音書11.27-33 説教

9月19日聖霊降臨節第18主日
聖書:マルコによる福音書11.27-33
説教題:天からの権威
賛美歌:3.2、190−1、73-1、545
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本日はマルコによる福音書11章27から33節より、ご一緒に神さまの言葉をお聞きしましょう。現在、読み進めておりますマルコによる福音書は11章より、主イエスの地上にける生涯の最後の一週間の事が記されています。主イエスは子ろばに乗ってエルサレムへ入ってこられた場面から始まりました。それは日曜日であり、いわゆる棕櫚の日曜日です。そして、エルサレムにおいて主イエスは宗教的指導者たちと議論し、対立し、そして捕らえられて十字架に架けられて殺されるのです。エルサレムに来られたのは受難を受けるためであり、この十字架の受難によって全ての人を罪から贖うのです。エルサレムでの棕櫚の日曜日から始まる最後の週を受難週と呼んでおります。11章12節からは月曜日の出来事が記されています。主イエスは「神殿の境内に入り、そこで売り買いしていた人々を追い出し始め、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けをひっくり返された」のでした。即ち宮清めの出来事がありました。神殿での礼拝のあり方そしてイスラエルの民の信仰のあり方は、誠実でなく、霊的でなく、利己主義的であり、空虚で、実りがありませんでした。特に、異邦人を蔑ろにして、自分たちの礼拝のために彼らの礼拝する場所を汚し、まるで強盗の礼拝だと言われました。そして、礼拝の場である神殿を強盗の巣と切り捨てられたのでした。その様な神殿での礼拝とイスラエルの信仰の有様が、月曜の朝にご覧になった見かけは立派で葉を青々と茂らせているのですが全く実を付けていないいちじくの木のようであると譬えられました。そして、11章20節の「翌朝早く」というのは火曜日の早朝です。その時、主イエスと弟子たちは、実をつけていないいちじくの木が枯れているのを見たのであります。これは神殿とイスラエルの民の礼拝がこのままであれば、神さまに裁かれる事と警告しているのです。そして、今日の聖書の箇所の出来事はその後のこと、即ち火曜日になります。本日の聖書の場面では、これまでとは違って劇的な動きはありませんが、人の内面は大きく揺れ動く場面です。権威についての対話で、会話がなされるだけなのですが、主イエスと敵対する者たちとの関係が明確になり、そして、ここから主イエスが十字架につけられるその理由が徐々に浮き上がってくるのです。

火曜日、時間帯は不明ですが、主イエスと弟子たちは、再びエルサレムに来られました。そして、主イエスは神殿の境内を歩いておられました。そうしますと、祭司長、律法学者、長老たちがやって来ました。「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」と質問してきました。昨日の宮清めの際、3者のうちの祭司長たちや律法学者たちが、主イエスをどの様に殺そうかと謀りました。彼らは、主イエスを恐れ、殺意を深めたのでした。一方、人々は主イエスの教えに次々と驚愕させられ、主イエスを支持したのでした。そこで、この宗教指導者たちは主イエスの信頼を打ち砕き、自分たちへの支持を取り戻そうと考えたのでした。主イエスの信頼を失墜させ、人々の心を引き離し、敵対させてから、主イエスを葬ろうとしたのです。まず、主イエスの権威を失墜させる作戦を開始したのであります。今日の場面で、主イエスに質問をした祭司長、律法学者、長老たちは言わばユダヤ社会の権威の代表です。ユダヤの最高法院はサンヘドリンと呼ばれて、71人のメンバーがおり、そのメンバーは長老、祭司長、律法学者によって構成されています。また、長老、祭司長、律法学者というのは、どのような人かと申しますと、「祭司長」は貴族や富裕階級のサイドカイ派、「律法学者」はファリサイ派、「長老たち」は民間の有力者であります。ですから、ユダヤ社会において、最も権威があり尊敬されていると自負している人たちでした。そのサンヘドリンを代表して「祭司長、律法学者、長老たち」が、主イエスに対して取り調べるかのように審問をしてきたのです。場所は神殿ですので、多くの人がいたはずです。大勢の人前で主イエスを論破して、やり込めて、恥をかかせ、信頼を貶めようとする狙いであったようです。

質問内容は「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」というものです。ここで「このようなこと」というのは具体的に何を指しているのか不明であります。前後の文脈から考えますと、宮清めのことであると考えられます。しかし、それだけではなく、主イエスの教えやなされたこと、これまでのこと全体を指していると捉えることもできます。例えば、安息日の律法違反や、食べ物に関する祭儀の廃止など、ユダヤの宗教指導者たちに対する批判や挑戦的な行為すべてを含んでいると思います。特に、神殿の庭で商売をしている人々を追い出し、両替人や鳩売りの台や腰掛けなどをひっくり返し蹴散らせた、宮清めの行為には彼らも驚いたと思います。しかし、それだけでなく、その後に語って教えられた主イエスに群衆が心を打たれて、尊敬するものが現れたことに焦りを感じたのだと思います。宗教指導者たちは自分たちの権威が失われると危機感が生じたのでしょう。そこで「祭司長、律法学者、長老たち」は、主イエスには何の権威もなく、勝手な行動をしているということを人々の前で、明らかにしたかったのです。彼らが権威を問題にしたのは、自分たちは祭司や律法学者として高等教育を受けている、あるいは貴族階級の名門の出身であり、そしてサンヘドリンにも選ばれていることで権威を与えられているが、それに対してイエスという男は祭司でも律法学者でもなく、名門の出身でもなく、エルサレムから遠く離れたガリラヤの田舎の貧しい大工の息子に過ぎないのに、神のことや聖書の教えをする権威も資格も知識も全く無いと考えていたのです。そのような者が、乱暴な宮清めのような事をしたのは、何の権威によるのか、誰がそうする権威を与えたのか、そもそも神殿の管理運営はユダヤの宗教指導者である自分たちに委ねられており、そして聖書の教えや儀式を行うのは自分たちのように権威を与えられた者に許されているのだと言いたいのです。それを無視するような主イエスの言動は彼らが拠り所としている、彼らの権威を根底から揺り動かすのです。しかし、「祭司長、律法学者、長老たち」の言うことは、社会通念において一般的には常識的であるように思います。現代社会においてもそうではないかと思います。権威というのは何処にでもあるようなものではなく、また誰でも主張できるものではありません。ある種の制度の中において特別に認められるもので、現代社会において、それを裏付けるものは学歴、経歴、実績などかと思います。例えば、新型コロナウイルス感染症の対策のために新型コロナウイルス感染症対策専門家会議というのが設置されていますが、そのメンバーは専門家であり、それを裏付ける学歴、経歴や実績があるので専門家会議のメンバーとして権威を与えられているのです。ですから、新型コロナウイルス感染症の対策について医学的な見地から政府に助言等を行う事が出来るのです。それに対して、私のような素人の何の裏付けも権威もない者が、彼らの助言は間違っていると幾ら大きな声で叫んでも、誰も相手にしてくません。もっとも、最近のネット社会では専門家でない人が、あたかも自分は専門家であり権威があるがごとく、まことしやかに根拠のないこと述べて批判をし、それに騙されたり、惑わさせられる人も実際に多くいます。そのような発言には注意を払う必要があると思います。現代社会においても、主イエスの時代においても、社会制度の中で権威が存在し、それに基づいて地位や職務があり、それを通してなされる行為は信頼できるのです。その権威というのは人間の作った制度の中で与えられる人からの権威です。すなわち人から与えられるものです。これは科学や医学、学問の分野であるから価値のある権威となるのです。しかし、信仰において、人の作った制度の中での人の権威は全く意味をなしません。天からの権威、神からの権威が権威であるのです。信仰は神さまに与えられるものなのです。人は与えられるだけ、一切が神さまの働きによるものです。しかし、「祭司長、律法学者、長老たち」の主張する権威は人間の社会の制度において人の作った人からの権威です。いずれにしましても、「祭司長、律法学者、長老たち」にとって、権威も地位も職務も何も持っていない主イエスが突然神殿にやってきて大暴れし、独自の怪しい教えをした、破壊行動としか思えないのです。

権威を問われたイエスは、その問いには直接答えず、逆に主イエスは「では、一つ尋ねるから、それに答えなさい。そうしたら、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。答えなさい」とヨハネの権威についてどう考えるのかを質問されたのです。ヨハネというのは洗礼者ヨハネのことです。主イエスの先駆けとして、ヨルダン川のほとりの荒れ野で、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた人です。洗礼者ヨハネのもとへ、ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆がやって来て、罪を告白し洗礼を受けたのでした。そのことがマルコによる福音書の冒頭で「神の子イエス・キリストの福音の初め。預言者イザヤの書にこう書いてある。『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう』」と語っており、わたしと言うのは主なる神さまで、あなたというのは主イエスで、使者というのは洗礼者ヨハネのことです。そして、これはイザヤの預言が成就したことを表します。洗礼者ヨハネは聖霊の働きによって年老いた祭司ザカリヤと妻エリザベトから生まれました。祭司として人生を歩むことも出来たのかもしれませんが、神さまの力強い働きに召命を直感し、主イエスの先駆けとして、カリスマ的な預言者として神さまに仕えたのでした。洗礼者ヨハネは「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる」と教えていたのですが、主イエスはあえてヨハネから洗礼をお受けになられました。その時、「主イエスが水の中から上がると直ぐに、天が裂けて“霊”が鳩のように主イエスに降ってきて、そして『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた』」のでした。主イエスは勿論、洗礼者ヨハネもこの光景を見て、声も聞いたはずで、自分は天の権威のもとで宣教をしていると確信したに違いありません。そして、主イエスの先駆けでありますので、主イエスの宣教はヨハネと一貫したものであるのです。しかし、ヨハネは領主のヘロデによって捕らえられ、殺害されるのです。その様になりましたのは、ヘロデだけの考えではなく、ユダヤの宗教指導者である「祭司長、律法学者、長老たち」が洗礼者ヨハネの福音を無視し、受け入れなかったからであります。多くの民衆とは違い、彼らは洗礼者ヨハネを天からのもの、神から遣わされたものとは認めなかったのです。

ですから、彼らは「人からのもの」と答えたいのですが、即答せずに、主イエスの質問を互いに論じ合いました。「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と言うだろう」いうことになります。しかし、彼らは洗礼者ヨハネを「天からのもの」とは言えませんし、だからといって「人からのものだ」と言えません。その理由は、群衆は洗礼者ヨハネが本当に預言者だと思っていたので、群衆が怖かったからです。群衆の思いを否定することになりますので、群衆からの反発があったり、群衆の支持を失うことになります。そうなれば群衆に対して、なぜヨハネの権威が天からのものでないのかを、説明し納得させなければなりません。それもしたくないのです。自分たちは権威があると自負しているのですが、その考え方は宗教家らしく無く非常に打算的です。悔い改めることも出来なければ、霊的な実態もなく、打算的であり、プライドだけがやたら高いのです。これが神殿における礼拝の内実の無さの理由の一つかと思います。なお、32節に「『人からのものだ』と言えば……。」と点が6つ「……」と記されています。原文のギリシャ語を見ますと横棒、いわゆるダッシュが1本引かれています。これは、敢えて最後まで語らないで途中から黙して、その意味を示そうとする表現です。これを黙説と言うそうです。この場合、おそらく宗教的指導者たちが主イエスや群衆が取り囲む中でひそひそ相談していたのですが、そのうちの誰かが「『人からのものだ』と言えば」と言った後、出そうになった言葉を思わず飲み込んだのだと思います。最後まで言わなくてもお互い分かるということです。

彼らは主イエスになんの権威もないと人前で明らかにし、その信頼の失墜を狙っていたのですが、逆に主イエスの切り返しの問いかけによって彼らはジレンマに陥り、自分たちの信用を失う危機に追い込まれたのです。そして、相談の結果、彼らは「分からない」と答えたのでした。答えたと言うより、自分たちから議論をふっ掛けたのですが、逃げたのです。すると、主イエスは「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい」と言われたのです。主イエスは非常に巧みな議論の展開をされたのです。

この主イエスの切り返しの問いかけに、主イエスの答えと、厳しい姿勢が含まれていると言えます。「ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか」と言う問いかけは、「天から」と言うのは「神から」ということであり、権威があるものです。従いまして、それに聞き従わなくてはならないのです。そして、人からのものであれば、それに従う必要が無いのです。ですから、この「天からのものか、人からのものか」という言葉には天からの権威には従うのであり、人からの権威には従わない、ということが問いの背景にあります。「祭司長、律法学者、長老たち」は主イエスに「何の権威で、このようなことをしているのか」と質問したのですが、それに対して主イエスは、あなたたちは私に何の権威があるのかと問うからには、天からの権威に従い、人からの権威にしたがわない、そのような態度と姿勢を持っていることを明確に示せと言われたのです。ですから、洗礼者ヨハネの権威を天からのものではなく、人からのものであるというのなら、主イエスに対しても群衆に対しても、自分たちの見解を明確に示して説明し、だから、洗礼者ヨハネに従うことは神に従う事にならない、人に従うことになるので正しくないと言った上で、更に主イエスに対して議論を展開すべきなのです。彼らは、それをせず逃げたのです。それは群衆である人々を恐れ、人の評価を気にしており、自分たちの権威と称する虚像を守ることが優先したのでした。彼らは神さまに対しても人に対しても誠実ではありませんでした。そもそも、この宗教指導者たちの権威は人の作った制度における権威で、人からのものです。彼らはその権威にしがみつき、それを守ることに必死なのです。しかも、彼らはそれによって人を支配し、利権を得ているのです。彼らは貪欲の権威に従っているのであります。

また、福音書の記者であるマルコは、「祭司長、律法学者、長老たち」に対する主イエスの切り返しの問いかけが、聖書の読者である全ての人、私たちへの問いかけであり、勧告であると言っているのです。読者に対して、信仰において、主イエスは神からの権威に従い、そうでないものをあたかも権威のあるものとして従うなと命じられておられるのです。しかし、私たち人間は本能的に人の目を気にし、人の評価を気にして、人から高く評価されることによって自分を権威づけようとするのです。「祭司長、律法学者、長老たち」のように自分の権威を守ろうとするのです。ですから、人の評価に敏感となり、結局人に従うものとなるのです。私たちには生まれつき、神の権威に従うという本能はないのです。自分たちから、神さまを見つけることが出来ないのです。迷子になった子羊は自分から飼い主を見つけたのではなく、飼い主が探して見つけるのと同じです。私たちは、神にとらえられて、招かれ、そして神さまを信じ、受け入れて従うことで、神さまの元へと行けるのです。神さまに従うということは、容易いことではありません。本能を捨てなくてはならないからです。すなわち、自分の権威を放棄し、自分の人生の主権を神さまに委ねなくてはならないからです。本能的に、人は自分の権威を脅かされることに抵抗するのです。だから、殆ど全てのキリスト者が自分の中で常に葛藤と戦うことになると思います。受け入れることの出来る範囲で主イエスを信じて従おうとか、ここまでは主イエスに従うことが出来るけど、それ以上は無理だとか、無意識のうちに、反射的に、本能的に自分の権威、それも人の権威ですが、それを守ろうとして神に従うことを放棄しようとするのです。私たちはそのような、悪の誘惑に常にされられているのです。使徒パウロはそのような私たちに「霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません」(ガラ5.16)と勧めています。その霊というのは主イエスが十字架にかかり死んで葬られて復活された主イエスが天に戻られるときに約束された聖霊であります。主イエスが再び来られるまで、聖霊の導きがあるので、悪の誘惑と対峙しながらも、神さまを信じ従うことが出来るのです。それでも常に誘惑に晒されているのです。だから、祈らなくてはなりませんし、信仰の仲間と交わりを持ち祈り合い、支え合い、神さまにも人にも誠実に信仰を歩まなければならないのであります。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神さま、あなたの御名を賛美いたします。今朝、あなたが私たちをこの会堂に招き、共に礼拝する時を与えてくださったことを感謝します。私たちが御子イエス・キリストによって結ばれた者として、共に心を一つとしてあなたを礼拝し、賛美できましたことを感謝いたします。
 主なる神さま、私たちは弱いもので、この世の力や権力や富、また人の権威に惹かれ、あなたに従うことを忘れ遠ざかることがあります。それでも、あなたは御子イエス・キリストを通して繰り返し私たちを呼び止め、教え導いてくださいます。その恵みに感謝いたします。
主なる神さま、聖霊の力により、人の権威や支配、権力や富の誘惑を遠ざけて下さい。私たちはイエス・キリストによって救われているものであることを、片時も忘れず、思い続ける事が出来ますように。
キリストに自分を委ね、全てにおいてキリストに倣う者として下さい。神を愛し、隣人を愛することが出来ますように。
年長の兄弟姉妹のために祈ります。主なる神さま、アブラハムがあなたの召しに従いハランを出発したのは75歳のときです。また、エジプトからイスラエルの民を導き出した時モーセは80歳、アロンは83歳でした。また、アンナは84歳の時に、神殿で御子を見て、救い主であるイエス・キリストをつかわした神を賛美し、エルサレムで伝道する者として生かされました。どうぞ、創り主である神さま、私たちの教会に連なる年長の兄弟姉妹の信仰の生涯が、いにしえの兄弟姉妹と同じ様に、益々光を放ち、豊かなものとなさせてください。
これらの祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

2021年9月17日金曜日

マリーゴールドが満開です。

新宮教会の庭ではマリーゴールドが満開です。(2021年9月17日現在)
アフリカントールという種類で1m程に成長します。

会堂前のマリーゴールド
花壇を横から見たところ。

少年礼拝堂の庭のマリーゴールド

ニチニチソウ

オリーブ
小さいですが実を付けています。

会堂前のマリーゴールド