2021年5月4日火曜日

6月の礼拝と祈り会の予定

 

6月の礼拝予定

6月6日 聖霊降臨節第3主日
招詞:ローマの信徒への手紙5.5 
聖書:マルコによる福音書9.9–13
説教題:「復活するとはどういうことか」
説教:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉
讃美歌:30–2、190−3、151−1、542

6月13日 聖霊降臨節第4主日
招詞:詩編149:1–3節
聖書:ルカによる福音書16章1–13節(口語訳で行います)
説教題:「不正な富で友人をつくれ」
説教:北田辺教会 牧師 田中伊作
讃美歌:546、130、338、202、541

6月20日 聖霊降臨節第5主日
招詞:ローマの信徒への手紙5.5 
聖書:マルコによる福音書9.14–29
説教題:「信仰のない私をお助けください」
説教:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉
讃美歌:30–3、190−4、246–1、542

6月27日 聖霊降臨節第6主日
招詞:ローマの信徒への手紙5.5 
聖書:マルコによる福音書9.30–37
説教題:「全ての人に仕える者になりなさい」
説教:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉
讃美歌:20–1、187–1、333–1、542 



6月の祈り会

6月2日
通読:レビ記18.21–30
講解:詩編90.1–12
死について(死、死後、葬儀)
奨励:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉

6月9日
通読:レビ記 19.1–19
講解:ヨハネによる福音書14.1–11
葬儀に関する諸式の注意
奨励:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉

6月16日
通読:レビ記 19.20–37
講解:コリントの信徒への手紙一15.35–58
葬儀の式文
奨励:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉

6月23日
通読:レビ記 20.1–17
講解:コリントの信徒への手紙二 5.1–10
葬儀の一連の流れ
奨励:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉

6月30日
通読:レビ記 20.18–27
講解:ヨハネの黙示録 21.1–5
新しい「いのち」への準備
奨励:新宮教会 伝道師 浅尾勝哉


2021年5月2日日曜日

5月2日 復活節第5主日 マルコによる福音書8章 27ー30節 説教

5月2日 復活節第5主日
マルコによる福音書8章 27ー30節
説教題 「あなたは、メシアです」
讃美歌 26–1、(21)57-4、166–1、541

本日はマルコによる福音書8章 27ー30節より共に神さまの言葉をお聞きしましょう。マルコによる福音書は8章27節から新しい展開に入ります。マルコによる福音書は「長い序文を持った受難史」と呼ばれることがあります。先程お読みしました8章27節から、本論に入ることになります。従いまして、1章1節から先週の8章26節までが長い序文であります。マルコによる福音書はユダヤ人やユダヤ教徒でない人々に理解できるように記したと言われています。即ち異邦人と呼ばれる外国人に為に書かれた福音書です。勿論、私たちも異邦人に含まれます。何を記そうとしているかと申しますと、1章1節にありますように「神の子イエス・キリストの福音」です。それ以降で、この言葉が真実であることを証ししています。主イエスは自らの行動と言葉によって、真にご自身が神であることをお示しになられています。序文である前半部分は主イエスの権威、御力や御業が詳細に語られ、神の国や神の国の力が主イエスなさる言葉や御業で表されています。そして、それらの御業は旧約聖書の預言が主イエスによって成就していることを示しています。また、これまでの前半部分はガリラヤ地方を中心とする多くの人々への福音宣教であり、ユダヤ人だけでなく、外国にも足を運び異邦人にも、さらに悪霊にまで主イエスが誰であるのかを示そうとされました。これに対して、後半は主イエスの受難が強調されてまいります。言い方を変えますと、1章1節から8章26節までの前半では、主イエスの御言葉や奇跡や癒しの御業を通して弟子たちに、またファリサイ派や律法学者、そして多くの人たちに主イエスがメシアであることを示しておられることが語られています。後半ではメシアの意味が何であるかを教え、実際にそれを見せられるのであります。そして、前半とは異なり、多くの人々の中で教え、御業をされるのではなく、共に歩み付き従う弟子たちに対して、丁寧に徹底的にご自身がどの様なメシアであるのかを教えていかれるのです。またそれと共に、8章27節から十字架へと向けた道を歩み始められるのです。

27節に「イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、」とあります。主イエスと弟子たちが、今向かっているのはフィリポ・カイサリアでありますが、その歩みは十字架を目指した歩みであります。しかし、最短距離を直線的にエルサレムの十字架へ直行するのではありません。聖書の後ろの新約時代のパレスチナの地図を見て頂ければ分かりますが、フィリポ・カイサリアは地図の上の方、先週の聖書の舞台でありましたガリラヤ湖の北側のベトサイダから真北に40kmほど北にある町です。現在ではバニアスと呼ばれています。フィリポ・カイサリアは異教の神であるパンという多産の神の聖所がある所です。パン神というのはローマ神話にも登場するアイギパーンという神で、羊飼いと羊の群れを監視する神です。下半身が毛むくじゃらで獣の様な足があり、胴体の上半身部分は人間のようで、頭には山羊のような角が2本あります。笛を奏でることから笛を吹いている場面が絵画とか像にされています。また、パンは人気のない所で、突然、混乱と恐怖をもたらすことがあり、パニックという言葉の語源になったと言われています。ヘロデ大王(前4年没)は、このパン神の聖所の近くに皇帝アウグストゥスの神殿を建てました。そして、ヘロデの子フィリポは皇帝に敬意を表す為に、即ちローマ皇帝のご機嫌取りの為に、その町を「カイサリア(皇帝の町)」と名付けました。しかし、地中海沿岸にもカイサリアと名の町があるため、それと区別するため、自分の名前を加えて「フィリポ・カイサリア」と呼ぶようにしました。主イエスと弟子たちはおそらく、ベトサイダからフィリポ・カイサリアへと向かったと思われます。エルサレムとは正反対の方向で、そこへ向かった理由は分かりません。この異教の神を祀っている地において、福音宣教や奇跡をされたことも記されておりません。本日の聖書箇所は、そこへ向かう「その途中」における主イエスと弟子たちとの会話についてであります。「その途中」という言葉はフィリポ・カイサリアへ向かう途上という意味で、直訳すれば「道の中で」となります。フィリポ・カイサリアへと向かう道すがらの途上でありますが、それはあくまでも経由地がフィリポ・カイサリアであって、十字架へと続く道の途上ということであります。

その途上で、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と問われました。弟子たちは弟子として召されて以来、主イエスの多くの御言葉を聞き、多くの病気の人や苦しむ人を癒し救われる場面に立ち会い、数々の奇跡を目撃してきました。そのことを背景とした問いかけであります。ここまで主イエスは多くの人々の中で、民衆の中に入り直接人々に仕えてこられました。弟子たちは間近で、人々が主イエスをどのように捉えているの、実際に聞いて知っていたはずです。弟子たちにとって、主イエスが人々にどのように理解されているかということには、興味があったと思われます。やはり、主イエスが人々に尊敬を持って見られて、評判が良ければ、弟子たちもその様な先生の弟子にされたということに、誇りを持てたと思います。また、主イエスが人々にどの様に理解されるかによって、弟子たちに対する人々の目も違ったものとなります。おそらく弟子たちは情報収集をしていたはずです。

主イエスの問いかけに、弟子たちは「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」と答えました。主イエスの福音伝道の活動はガリラヤ周辺でしたが、その噂はユダヤ全体だけではなく異邦人の住む地にも知れ渡っていました。当然弟子たちも、主イエスも、人々が主イエスをどの様に言っているのかを聞いて知っていました。人々の主イエスの捉え方は3種類と言えます。
第1に、ヘロデ・アンティパスによって首をはねられた洗礼者ヨハネが生き返ったのだというものです。洗礼者ヨハネは、預言者イザヤの「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう」との預言により主イエスの道を整えるために遣わされました。6章14節にヨハネを処刑したヘロデ・アンティパス自身が主イエスを「ヨハネが生き返った」と思い恐れていたことが語られています。
第2に、エリヤであると言う人々がいました。エリヤは旧約聖書の預言者の一人で火の馬が曳く火の戦車に乗ってつむじ風の中を天に上って行ったと言われています。当時のユダヤの人々はエリヤが世の終わりに現れると考えていました。つまり神の支配の完成の前にその先駆けとして、主イエスが来られたという理解です。
第3に、預言者の一人というものです。旧約聖書の時代には多くの預言者が登場しており、その様な預言者か、あるいは神さまの御言葉を預かり、人々にそれを伝える預言者的な方と捉えていたようです。
 この様に、人々は主イエスを特別に神さまから遣わされた方であるとは見ていた様です。ただ、それらはどれも終わりの日のための先駆者、先駆けの一人であるというものでした。ですから、ファリサイ派や律法学者たちは別として、人々は畏れると共に尊敬していたのであります。しかし、主イエスは神の独り子であり、メシアである、最高の方である、という答えはありませんでした。

 弟子たちに対するこの「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」という問いかけは、この後の主イエスの弟子たちに対する「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」とお尋ねになるための伏線であります。人々がその様に答えているのは分かった。それではあなたたちは私のことを何者だと考えているのか、と問われたのです。それはこれまで私に付き従ってきたけれど、その結果あなたたちは私をどのような者として、どの様に理解するようになったのですか?というものです。この質問は私たちにも向けられた問いでもあると感じます。私たちは常に主イエスをどの様に見ているか、と問われ続けているように思います。信仰の根幹に関わることですから、自分自身の言葉で言い表せることは大切であると思います。信仰の経験を重ねると、少しずつそれが明確になり、借り物ではなく自分の自身の言葉で言い表せるようになると思います。そして、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」という問に弟子を代表して、ペトロが「あなたは、メシアです」と答えます。

ペトロは、人々が主イエスに対する見方をきっぱりと否定しています。どういうことかと申しますと、主イエスは先駆者ではないということです。そして、主イエスの後に神さまから遣わされる方はおられない、主イエスが来たるべきメシアであると告白しているのです。

ここで、このメシアという言葉を少し説明しておく必要があります。先週の祈り会で説明する機会があり、お話したのですが、時間のこともありますので、今回は少し簡略に説明します。メシアはヒブル語でמשיח(マシーアハ)であり「油注がれたもの」と言う意味で、その言葉の意味をギリシャ語に置き換えたのが「Χριστός(クリストス)」であります。משיח(マシーアハ)が訛ってメシアと発音するようになったようです。「משיח(マシーアハ)」は、神によって特別な使命を与えられ、その地位に塗油の儀式を通して就いた者を指し、ダビデやソロモンなどの王や祭司、預言者などがこの言葉で呼ばれます。そして、時代とともに正しく国を治める理想的な王を指すようになり、神の決定的な救いをもたらす「救い主」を指すようになりました。新約時代の人々は政治的解放をもたらすメシアを待望していました。この後の説教のネタバレになりますが、人々は主イエスに政治的解放をもたらすメシアを期待しましたが、主イエスはそれを拒否し、十字架の死によって、人々を罪から救うメシアであることを主張されました。新約聖書は主イエスがこの十字架の贖いの意味のメシアであることを主張し、主イエスに「Χριστός(クリストス)」という称号を付したのです。なお新共同訳聖書では29節のペトロの返答が「あなたは、メシアです」と記されていますが、原文ではそうは言っておらず「あなたは、キリストです」と記されています。妙な翻訳であります。「Χριστός(クリストス)」という言葉をメシアと日本語に翻訳しているのです。これは新共同訳聖書の翻訳の特徴といいますか、特別なルールで、「Χριστός(クリストス)」と記されていてもそれが称号として用いられる場合はメシアという日本語訳とし、固有名詞として用いる場合にはキリストと表記しています。細かいことを申しましたが、とくに新共同訳と協会共同訳聖書をお持ちの方は重要なことでありますので、メシアとキリストの使い分けに注意をして頂ければと思います。

 ペトロはこれまで主イエスに付き従い、直接主イエスの語る御言葉を聞き、様々な癒しや奇跡のなされる現場で、全てを目撃し、実際に体験して、引き出された答えが「あなたは、メシアです」という告白です。ペトロは主イエスの弟子として特に重要な役割を持ち、自分自身でもそれを自覚して、全てを見聞きした目撃者であると思います。そして、弟子たちを代表して答えました。ペトロは主イエスこそ救い主であり、イスラエルの民が罪によって失った神さまの祝福や恵みを回復して下さる方であり、再び契約の民を新たに集めて、救い主としてこの国を導いて下さると確信していたのです。ペトロの告白はこの時代の背景にも影響を受けていたと思います。ペトロの生きた時代の背景を少しお話します。バビロン捕囚まで遡りますが、捕集の民はペルシャ王キュロスによって解放されて祖国帰還を許されました。実際にエルサレムを再建し、信仰の自由は認められ新たに神殿も再建しましたが、政治的な国家の独立は認められませんでした。エルサレム帰還後の歴史は、国家として僅かな独立の期間はありましたが、常に外国の支配下にあり、バビロンからエルサレムに帰還したものの捕囚から完全に解放されたと認識できませんでした。過去の歴史を振り返り、ダビデ統治下の政治形態を理想とし、多くの民は敵を打ち破り、国家が独立し、再び繁栄をもたらし、神の義が支配する国を打ち立ててくれるメシアとしてダビデに匹敵する王の再来を望むようになりました。ペトロの生きる時代、その思いが非常に強くなっていました。ペトロの「あなたは、メシアです」という告白には、その様な時代背景を織り交ぜたものでありました。

イエス・キリストを信仰する教会の代表としてペトロの「あなたは、メシアです」という言葉は、言葉としてこれ以上の答え方がないと思います。このペトロの答えをお聞きになって、主イエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。主イエスはペトロの言葉を否定されませんでした。主イエスをメシアと呼ぶ称号についても否定されませんでした。しかし、正しいと肯定もされませんでした。そして、主イエスはそれを誰にも話さない様に命令されました。しかし、メシアであるという称号については否定されませんでしたので主イエスがメシアであるという称号は正しいと認めておられるということです。ペトロの「あなたは、メシアです」という告白は正しいのですが、信仰告白としては完成ではありません。主イエスのメシアという称号は正しいのですが、それが如何なるメシアであるのかを答えていないのです。なぜ答えていないのか、その理由は、ペトロはそれ以上のことを、まだ知らなかったからです。知らされていなかったと言った方が良いと思います。おそらくこの時のパウロのメシアとしての理解は当時の一般的なユダヤ社会の範疇であり、政治的解放者としてのメシアであると、主イエスを捉えていたようです。「あなたは、メシアです」ですという告白は、これまで主イエスの弟子として付き従ってきて、ペトロが得た主イエスに対する信仰の限界であると思います。

先週ベトサイダの視覚障害者に関する聖書の言葉をお聞きしました。ベトサイダに住む視覚障害者が主イエスに触れて頂き癒しを受けて視力回復するのですが、瞬時に回復するのではなく、複数回の癒しを受け、完全に見えるようになるために段階がありました。全く見えなかった状態から、癒しによって少し見えるようになりましたが、最初は人が木のように見える段階でした。完全に見えるようになるためにはさらなる主イエスの癒しの御業が必要でした。福音書記者マルコはこのベトサイダでの主イエスの癒しを、福音書の前半部分を締めくくる記事として置きました。それは弟子たちの信仰の目が瞬時に開かれるのではなく、主イエスの数々の御言葉を聞き、癒しや奇跡の行為、数多くの教えを積み重ねることによって、段階を経て少しずつ開かれて行くことを、視力回復の奇跡の御業が象徴的にそのことを表していると申しました。ペトロは主イエスにガリラヤ湖のほとりで弟子として召された時には、全く何も見えなかった信仰の目が、開かれ始め、8章27節の時点、主イエスの宣教の中間地点、エルサレムの十字架の道を歩み始めた最初期の途上において、信仰の目は人が木のように見える段階まで見えるようになったということだと思います。それが「あなたは、メシアです」と答えです。十字架の道を歩み始めようとされた主イエスは、弟子たちの信仰の目の見え方を確認され、おそらく予定通りであると認識されたのではないでしょうか。そして、マルコによる福音書の本論である後半の十字架へと向かう道を歩みながら、更に弟子たちの信仰の目を開いて行こうとされるのです。弟子たちの信仰の目が完全に開かれることによって、目の前におられる主イエスがどの様な方であるのかが見えるのです。まだ、この時、ペトロを始めとする弟子たちは主イエスの本当の姿がまだはっきりとは見えていませんでした。人が木のように見える段階です。主イエスの本当の姿が見えていないのであります。受難のメシアである姿見えない、分からないのであります。弟子たちの信じる主は十字架を追うメシアであり、その十字架を負うことですべての人の罪の贖いをする方であることをこの時はまだ知らないのであります。弟子たちの目には、まだその姿が木にしか見えません。最終的には、その木で出来た十字架を背負う主の姿を知るようになるのです。その為に、弟子たち自身も十字架の道を主イエスと共に歩んで行くことになるのです。

しかし、弟子たちは、主イエスが、自分たちの罪や、すべての人の罪を背負い十字架にかかって死んで下さることによって、人々を贖い、死を打ち破り復活して下さり、永遠の命を約束して下さるキリストであることを分かった上で、「あなたこそ、キリストです」と本当の信仰告白をし、真の信仰に生きるものとして変えられるのは容易ではありませんでした。実際に、弟子たちは、挫折し、放り出して逃げ出しました。それでも主はもう一度弟子たちを捕らえて呼び集められました。私たちの信仰も同じです。瞬時に主イエスがどの様なメシアであると分かる人はいないと思います。信仰は時間をかけて少しずつ養われていく場合が大半だと思います。信仰の実は容易く結ばないかもしれません。また、それぞれが信仰の故にこの世での労苦を負うこともあるかと思います。投げ捨てたいと思うときもあるかもしれません。実際に投げ捨てたこともあると思います。たとえ私たちが信仰を投げ捨てたとしても、十字架の主イエスは私たちを投げ捨てることはありません。使徒パウロは  
「わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。」(ロマ8.38−39)と言いました。ですから、私たちが幾ら主イエスを投げ捨てようが、諦めようが、どうあがいても、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。引き続き聖書の言葉を共にお聞きし、共に信仰の目が開かれていきたいと願います。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神さま 御名を賛美いたします。
この日もここに招かれ、復活の主を仰いで、共に礼拝を守れることを感謝いたします。
イエス・キリストを通して、あなたは私たちが御許に近づく道を備えてくださいました事に感謝いたします。
自分の知恵や力により頼むことなく、主イエスのうちに真の救い主である姿を見出すことが出来ますように。私たちの信仰の目を開き、十字架の主イエスを救い主として、仰ぎ見ることが出来ますように。ここに集う私たちに、この交わりの中で互いに励まし合いながら、主に従う道を最後まで歩ませて下さい。
イエス・キリストの弟子として、私たちが福音の喜びを証しし、隣人をこの道に招くことが出来ますように。私たちを日々御言葉とあなたの御業によって、教え導き、確かな信仰の道を歩ませて下さい。
この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前におささげいたします。
アーメン

2021年4月18日日曜日

4月18日 復活節第3主日 マルコによる福音書8章1–21節 説教

4月18日
復活節第3主日
マルコによる福音書8章1–21節
「恵みを受けて生きる」
賛美歌23–1, (21)57-4, 187–1, 541

 本日はマルコによる福音書8章1-21節より共に神さまの言葉をお聞きしましょう。

 日本人は宗教に対して非常に強い先入観を持っているようです。キリスト教に対しても同様のようです。多くの日本人はキリスト教を西洋の宗教であると認識しているようです。以前、キリスト者ではない友人をクリスマス礼拝にさそったことがあるのですが、自分は西洋の宗教にはどうも馴染めない、自分の家は先祖代々仏教なので、と返答されました。一応、念の為にキリスト教も仏教もアジア発祥の宗教であるとコメントしました。最初にキリスト教を日本に宣教したのがヨーロッパやアメリカからの宣教師でありますので、日本人には、いまだに欧米の神さまという先入観があります。これは日本のキリスト者にとっても同じ所があると思います。未だに欧米風のキリスト教の風習を真似ようする傾向があります。礼拝で歌われている賛美歌も欧米のものを好むようであります。もちろんキリスト教は欧米だけの宗教ではありません。しかし、信仰を持った欧米人が自分たちの感性で神を賛美する歌を作ったので欧米独特の賛美歌となり芸術性も得たのだと思います。それが芸術性において優れたものであっても、絶対化する必要はないと思います。もっと、日本風の新しい賛美歌がどんどん作られるべきだと思います。現在、人数的にクリスチャン人口が最も多いのはアフリカ大陸ですが、アフリカではオリジナルの賛美歌が多く生まれているようで、非常に独創的で魅力的なものが多いそうです。神さまは国や地域、風土や文化で人を選ばれるわけではありませんので、キリスト教は人の感性や芸術性、思想を制限するものではありません。自由に発想がもっとあって良いと思います。逆に国家や人間が、さまざまな理由でキリストを拒絶したり、あるいは選択するなどの制限をかけるのであります。本日の聖書の箇所には、神さまの恵みは国や人種、出自、性別、年齢、健康状態、などいっさい関係なく、求める全ての人に対して、神さまは恵みを惜しみなく下さることが記されています。そこには条件や権利はありません。それと併せて、逆に神さまを拒絶したり、疑がったり、試そうとするのは人間であるとこを語っています。

 本日の聖書箇所の範囲は欲張り過ぎたように感じております。礼拝の準備をする段階になって少々後悔しました。1−10節、11−13節、14−21節と3つに分けても良かったかと思っております。今日はその3つの話題について順を追ってお話したいと思います。

 8章1から10節には主イエスが7つのパンと少しの魚で男だけで4000人の人々を満腹にしたうえに、残ったパンの屑を集めると7つの籠がいっぱいになったという奇跡の物語が記されています。また、先日、既にお読みしました6章30節以下に、主イエスが5つのパンと2匹の魚で男だけで5000人の人々を満腹にさせて、そしてパンの屑と魚の残りを集めると12の籠にいっぱいになったという奇跡物語が語られています。この2つの奇跡の出来事は非常によく似ています。成人の男だけで5000人と4000人ですから、女性や子どもも入れると双方とも1万人以上であったと思います。この様な多くの人々が主イエスのもとに集まり、御言葉を聞き命の養いを受け、その後食事による養いを受けることになりました。どちらの場合も、この群衆に食事を提供することになるのですが、弟子たちは、ここは人里から離れているので、パンを用意することはとても無理です、と訴えます。すると主イエスは、パンは幾つあるのかと訪ねます。弟子たちは「五つあります。それに魚が二匹です」あるいは「七つあります」と答えます。そして主イエスは群衆を地面に座らせて、パンを取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちに渡されました。魚についても同じ様にされました。そうして、全員が満腹し、さらに多くのパンが余ったという内容です。5000人の供食も4000人の供食も非常に内容が似ておりますので、元々は一つの伝承が異なったルートで2つの出来事として伝わったのだ、という解釈をしている研究者もいます。しかし、違う独立した奇跡物語であると捉えるべきだと考えます。確かに似ていますが異なっている部分があり、そこに重要なポイントが隠されています。

 まず、それぞれの御業の行われた場所が違います。5000人の供食はイスラエルの民の住むガリラヤ湖西岸です。ですから、群衆の人々はおそらく全てユダヤ人です。一方、4000人の供食は、7章31節より推測しますと、ガリラヤ湖の湖畔ですが東岸で異邦人の町であるデカポリスでなされた出来事です。従いまして、本日の聖書箇所であります4000人の供食は異邦人たちの為になされた奇跡であります。これらの2つの奇跡は、主イエスの愛と憐れみとが、ユダヤ人だけではなく、異邦人にも同じ様に向けられたのであることを教えています。更に細かく見ますと、4000人の供食の記載は、異邦人の救いや恵みの約束がついでとか、後回しではなく、最初から神さまの計画に描かれていることを、異邦人すなわちユダヤ人以外の全ての人々、世界中の人々に対して、配慮し、丁寧に語っているように感じます。

 今回の異邦人の群衆の場合もユダヤ人の群衆に対して行ったのと同じ様に、主イエスの御業によって少量の食べ物が増やされました。主イエスがこの御業を行うためにされたことは、まず人々が既に持っているものを活用することです。次にそれらを少量であっても神さまに感謝することです。そして、3つ目にその少量のものを全ての人に裂いて分け与えることでした。この時、少しのパンは主イエスの手の内で、そして弟子たちの抱えるカゴの中で減ることなく増え続けたのです。そして、6節にそのパンを「人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった」のですが、この「お渡しになった」という言葉のニュアンスは「与える」という意味の動詞で過去の継続性を示し、主イエスの手元でパンが増え続けて、主イエスはそれを弟子たちに与え続けているということを表しています。また、6節と7節を新共同訳聖書は少し異なった翻訳になっておりますが、口語訳聖書も最新の翻訳の協会共同訳聖書ではほぼ同じ訳で「イエスは群衆に地面に座るように命じ、七つのパンを取り、感謝してこれを裂き、人々に配るようにと弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。また、小さい魚が少しあったので、祝福して、それも配るようにと言われた」とあります。ここで注目すべき言葉を抜き出しますと、「パンを取り、感謝してこれを裂き、祝福して、配る」となります。5000人の供食の場合、6章41節に「イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで祝福し、パンを裂いて、弟子たちに渡しては配らせ、二匹の魚も皆にお分けになった」とあり、やはり「イエスはパンを取り、天を仰いで祝福し、パンを裂いて配らせ」となります。どちらも同様の言葉が使われておりまして、これは初代教会における聖餐式で用いられる言葉であり、その言葉によってユダヤ人の群衆の人々にも、異邦人の群衆の人々にも同じ様にパンと魚を分け与えられています。ですから、このユダヤ人への供食も異邦人への供食も聖餐式という礼典をイメージして見ることが出来るのではと思います。そうしますと、この主イエスの御業は空腹を満たすことだけではなく、主イエスの十字架の死による人間の罪の赦しを示しており、主イエスの十字架の贖罪によって与えられる救いこそ、真のパン、真の命の糧であることを示し、さらにこの場面は、主イエスの昇天の後に建てられていく教会の聖餐式、また来たるべき神の国の食卓を映し出しており、ユダヤ人も異邦人も同じ救いの恵みを受けるのだと捉えることが出来るのではないでしょうか。

 8節に「人々は食べて満腹したが、残ったパンの屑を集めると、七籠になった」とあり、これも異邦人にむけた記載になっていると思います。まず、この「籠(σπυρίσスプリス)」は、「σπυρίσスプリス」と呼ばれる籠で、大人がひとり入れるほどの大きな籠で、使徒言行録9章25節で使徒パウロが迫害から逃げる場面で、パウロの弟子たちがパウロを籠に入れて城壁から降ろす時に用いた籠と同様のものです。そしてこの「σπυρίσスプリス」という籠は異邦人が通常用いる籠であります。一方、5000人の供食の時に使われた弟子たちの持っていた「籠」(6.43)は「κόφινοσコフィノス」という籠で、口の狭いひょうたん型の籠で、一般的にイスラエルの人が用いるもので、彼らは異邦人たちの触れたものを食べることのないように、その籠の中に食べ物を入れて持ち歩いたといわれております。日本語ではどちらも同じ言葉で籠と訳されているのですが、実は籠も異邦人にあわせて用いています。また、余ったパン屑で大きな籠7つが満たされたとあります。5000人の供食の場合は余ったパンを集めたら12の籠がいっぱいになったとあり、その12というのはイスラエルの12部族を意識させるもので、12人の弟子に対応しています。そして主イエスのもとに神の選びの民であるイスラエルを新しく集め養って下さることを象徴していると理解できます。4000人の供食はその恵みが異邦人にも及んでいることを表しています。主イエスは7つのパンを用いられ、そして余ったパン屑は7つの籠にいっぱいでした。7という数字を強調しています。7という数字は聖書の中で最も大切な数で、3は神の世界を、4は神の造られた全世界を意味し、両方合わしたものが7であります。また、7日目に神さまは天地創造の仕事を完成され、第7の日を祝福し、聖別され、1週間が7日となりました。従いまして、主イエスは新しいイスラエルの民と同じ様に全世界の人々も養い恵みを与えて下さる事を示していると言えるのではないでしょうか。読み込み過ぎだと言われるかも知れませんが、その様に感じます。

 また、主イエスはこの4000人の供食の前に異邦人であるシリア・フェニキアの女性の娘を癒し、そのあとに耳と話すことにおいて障害を持つ異邦人の男性を癒しておられます。それも、ご自身から異邦人の国、外国へ出向いてなされた御業です。ですから、主イエスはイスラエルの民であっても異邦人であっても男性であっても、女性であっても、大人であっても、子どもであっても、ハンデがあってもなくても、信じて従う全ての人を救う主であり、そのことは最初から神さまの救いのご計画の中に、イスラエルの民と共に、全世界の全ての人、私たちも入れられていることを、マルコによる福音書の7章24節から8章10節の言葉によって確認できるのであります。

 4000人の供食のあとすぐ、主イエスは弟子たち共に舟に乗ってダルマヌタの地方へ行かれました。ダルマヌタは正確な位置は不明ですがおそらくガリラヤ湖の西岸にあったといわれています。そこはイスラエルの民が住む場所です。そこへファリサイ派の人々が主イエスを試そうとしてやってきました。

ファリサイ派は主イエスを試すために「天からのしるし」を求めたのですが、主はそれを拒否されました。「天からのしるし」というのは、主イエスが神の子であることを明白に示す神さまからの証明のことです。ここでファリサイ派が言う「しるし」は奇跡のことです。ですから、これは、主イエスが本当に神の子で救い主であるかどうかを、天からの奇跡を観察して、自分たちが判断してやるから、それに応じろというものです。その要求に対して、主イエスは「心の中で深く嘆いて、「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう」と語られました。ここではファリサイ派は主イエスを試そうとして「しるし」を求めたのですが、そのことはファリサイ派だけではなく今の時代の人々の考え方の傾向を示している、と主イエスは分かっておられ、嘆かれたのだと思います。「試そうとして、しるしを求める」者には、しるしは絶対に与えられないのであります。主イエスは奇跡それ自体を否定しているのではありません。事実、群衆の求めに応じて病人を癒し、悪霊を追い出しておられます。また、群衆を養う為のパンの奇跡も行われました。しかし、「しるし」、言い換えれば「奇跡」を求めるファリサイ派の要求を全面拒否しておられるのです。それは、彼らが主イエスを「試そう」としていたからであり、「試す、試みる」とは「信仰」の正反対のものだからです。主イエスは信仰や信頼があるところでは力ある奇跡の御業をなさいましたが、信仰がないところ、それが故郷のナザレであっても、「何も奇跡を起こすことがおできにならなかった」(6.5)のであります。

 ところで、ファリサイ派は主イエスが神の子である「証拠」を求めたのですが、「証拠をもとめる」のは、その相手を信頼していないことです。信じていないからこそ、彼らは「天からのしるし」を求めたのであります。それは「試す」こと、「試みる」ことであり、それは積極的な不信仰で、信じないことが前提にあります。従いまして、主イエスもそのようなファリサイ派の要求を断固として拒否したのです。群衆は主イエスに様々な願いがあって集まってきたのですが、彼らには主イエスへの信頼や期待がありました。しかし、ファリサイ派には始めからそのようなものはありませんでした。主イエスの力ある御業はこれまでも群衆の間で繰り返し行われてきており、ファリサイ派の人々は見ていたのですが、神の子の力ある御業であると認めることができなかったのです。「しるし」を求めることについて、さらに申しますとが、主イエスはサタンとの荒れ野の対決の時に、聖書の言葉を引用して誘惑するサタンに対して、同じく聖書の言葉を引用し、「あなたの神である主を試してはならない」と応えられました(マタ4.7)。サタンには「試みる者」と言う意味があります。主イエスに対するサタンの誘惑は、最終的に主イエスが神の御子であることを、神さまを試すために、神さまに示させるようにせよ、と求めるのですが、主イエスはそのサタンの試みを拒否しました。同じ様に、「主イエスを試そうとして、天からのしるしを求め」たファリサイ派の要求を拒否したのであります。また、12節の「今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない」という言葉は「もし、この世代に、このしるしが与えられるのなら」と言うニュアンスであり、深く嘆かれた主はそれに続く言葉をあえて飲み込まれたようです。あくまでも想像ですが、もし、この世代に、この「しるし」が与えられるようなことを私がしたら、「神が幾重にもわたしを罰しますように」(サム上14.44)と言いたかったのではと思います。ファリサイ派の人々は天からのしるしを主イエスに求めたのですが、その様な「しるし」は主イエスが父なる神の思いに基づいて表すものであって、悪魔的な試みに対して示されるものではありません。ですから、私たちも、主イエスを試みてはならず、聖書の言葉を通して、見ないでも信じる者でありたいと思います。
 主イエスはファリサイ派の人々との論争の後、直ぐに彼らを残して舟でガリラヤ湖の北側にあるベトサイダ向かわれました。最後にその舟の上で主イエスが弟子たちに教えられたことについてお話します。

 主イエスはファリサイ派の人々や領主ヘロデの誤った教えが、人々に悪い影響を及ぼすということを、ごく僅かなパン種が捏ねた強力粉を膨らませてパンになる譬えで説明されました。このパン種というのはイースト菌のことです。ここで、主イエスがパン種の譬えをされたのは、おそらく主イエスがご自身の手でパンを裂いて増やし、群衆に分け与えた出来事の直後であり、弟子たちはその場にいてその御業を目撃していたからであると思われます。そして、主イエスが、祈り、裂いて増やし、祝福したパンは人々の命を支えたのですが、これに対してファリサイ派の人々やヘロデは邪悪な教えで多くの人々の霊的な命を滅ぼそうとしているので、そのような悪いパン種には十分注意しなさいと説いています。直前にファリサイ派との憤る論争があったので、弟子たちにも、確認のためにファリサイ派とヘロデに警戒するように注意を促したのであると思います。

 ところで、本日は特に注目しませんでしたが、本日お読みしております箇所では、主イエスに対して弟子たちの無理解は露骨な迄に明らかにされております。しかし、弟子たちも、彼らなりに何とか分かろうとしていたと思います。この時、弟子たちはパンを舟に積み込むのを忘れました。おそらく、主イエスがファリサイ派とヘロデのことを話されている時も、そのことが気になってしょうがなかったのだと思います。弟子たちはパンを忘れたことで、主イエスがこれまでのようにパンを増やして下さるだろうとは考えませんでした。もし、その様に考えればファリサイ派の人々と同じ様に主イエスを試すことになり、自分たちで出来ることは自分たちで行い、決して主イエスの力ある御業を試みたり、それに頼ってはならないと、彼らなりに考えていたのだと思います。

 そして、弟子たちは、主イエスがファリサイ派とヘロデのパン種に言及したのは自分たちがパンを持って来るのを忘れたためだと思い込んだようです。主イエスの話であっても、先入観があったり、心が乱れた状態でお聞きすると、本質を外してしまうことがあるということです。弟子たちは、お互いにパンをなぜ忘れたのか、誰が持ってくるべきであったかなどと論じあっていたのでしょう。確かに、主イエスの御業を試すのは悪魔的であります。しかし、主イエス自身が天からの命のパンであり、命の糧であり(ヨハ6.51)、信じて求める時、必要な時には、いつでも多くの人々を養うことができることを忘れて、パンを忘れてしまったことをここで議論することは的外れであります。弟子たちは自分たちが持っていないものに気を奪われて論じ続けているのですが、既に持っている命のパンである主イエスを忘れてしまっているのです。そんな弟子たちに対して主イエスは弟子たちに心が「かたくなになっている」と言われました。「かたくなにする」というのは石化する事を表し、心を堅い殻で覆う事を意味します。弟子たちは主イエスの存在を受け入れる心を閉ざしていしまっているのだ、と指摘しておられるのです。18節で主イエスは弟子たちに、「目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか」と言われ、弟子たちに5000人と4000人の供食の御業を思い起こさせて、21節で「まだ悟らないのか」と言われて、教えを終えられました。この「まだ悟らないのか」という言葉は、必ず悟るということを前提としているのだと思います。今はまだ、悟っていなくても、主イエスに最後まで従い続けるのであれば、やがて主イエスを理解し、悟るに違いないという主イエスの期待がある言葉だと感じます。そして、後に、過越の食事において、その解答を弟子たちに示されました。主イエスは、これらの2度の群衆への供食の出来事に基づき、引き渡される最後の夜の過ぎ越しの食事においてパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えることによって、自分が霊的にも肉体的にも人々に命を与えるパンそのものであることを教えられたのであります(マコ14.12,22)。

 主なる神さまは、イエス・キリストの十字架と復活という奇跡の御業である恵みの出来事により、私たちに命のパンを与えられました。この命のパンによって私たちは罪を赦され、神の子として新しく生きる者として養われることを教えられました。今の時代を生きる私たちは、しるしを求める必要もなければ、神さまを試す必要はありません。その代わり、私たちは聖書の言葉を通して、また礼拝を通して、神さまの言葉を与えられ、イエス・キリストの救いの恵みを教えられ、聖礼典において、聖霊の働きのもとで信仰が整えられ、強められ、復活して今も生きておられるイエス・キリストの交わりの中におかれ、キリストの体としての教会の一致が確かなものとされる、という神の国の食卓の予型を実体験しています。これ以上のものを求める必要はありません。

 祈りましょう。
 主イエス・キリストの父なる神さま、御名を賛美いたします。
 この主日も聖霊の導きによってこの会堂へと集えましたことを感謝いたします。今日あなたが私たちに語って下さった御言葉に耳を傾け、そこに示されたあなたの御心を信仰を持って聴くことが出来ましたことに感謝いたします。
 あなたを試し、あなたに逆らい、御心の成就を妨げようとするものが、私たちを惑わすことがないように、そして、それらのもの試みを打ち砕き虚しいものとし、神さまのご計画が進められ成就されますように。
 いま新型コロナウイルス感染症により、多くの教会が困難の中にいます。どうかそれぞれの教会を支え守って下さい。教会の切なる祈りをお聞き下さい。信じるもの全てに聖霊を豊かに注いで下さい。
 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前におささげいたします。アーメン

2021年4月11日日曜日

5月の礼拝と祈り会の予定

5月の礼拝と祈り会の予定は下記の通りです。
新型コロナウイルス感染症の影響により、予定を変更する場合があります。その際はできるだけ早く修正いたします。


5月の礼拝予定

5月2日 復活節第5主日
招詞 詩編68.20–21
マルコによる福音書8.27–30
説教題 「あなたは、メシアです」
讃美歌 26–1、(21)57-4、166–1、541

5月9日 復活節第6主日
招詞 詩編68.20–21
聖書 マルコによる福音書8.31 –33 
説教題 「十字架の主に従う」
讃美歌  26–2、(21)57-4、86–2、541

5月16日 復活節第7主日
招詞 詩編68.20–21
聖書 マルコによる福音書8.34–9.1
説教題 「十字架の主に従う2」
讃美歌 26–3、(21)57-4、86–2、541

5月23日 聖霊降臨日(ペンテコステ)
招詞 ローマの信徒への手紙5.5 
聖書 使徒言行録2.1–13 
説教題 「聖霊が降る」
讃美歌 26–4、190-1、499−1、541

5月30日 聖霊降臨節第2主日
招詞 ローマの信徒への手紙5.5 
聖書 マルコによる福音書9.2–8
説教題 「主の栄光の目撃者」
讃美歌 30–1、190−2、66–1、541




5月祈り会

5月5日
レビ記16.15–34
イザヤ書42.1–9
「第二イザヤの神観」

5月12日
レビ記17.1–9
イザヤ書52.13ー53.12
「主の僕の苦難と死」

5月19日
レビ記17.10–16
イザヤ書56.1–12
「第三イザヤの著者とその時代」

5月26日
レビ記18.1–20 
イザヤ書57.1–21
「第三イザヤの思想・編集・様式」

4月11日 復活節第2主日 マルコによる福音書7章31–37節説教

4月11日
復活節第2主日
マルコによる福音書7章31–37節
「エッファタ 開け」
賛美歌22–1, (21)57-4, (21)575-2, 541

 棕櫚の聖日礼拝とイースター礼拝ではマタイによる福音書から神さまの言葉お聞きしましたが、本日よりマルコによる福音書に戻って読みすすめたいと思います。前回共にお聞きしましたマルコによる福音書は7章24–30節です。主イエスがガリラヤを離れ外国のティルスへ来られた時の出来事です。突然、主イエスの下に異邦人のシリア・フェニキアの女性がやってきてひれ伏して、娘が汚れた霊に取り憑かれており、その悪霊を追い出して欲しいと頼みました。しかし、主イエスは「まず、子供たちに十分食べさせなければならない。子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない」と冷たい返事をされたのですが、この女性はこの言葉を逆手に取って「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます」と詰め寄りました。この女性の切り返しに言葉を失った主イエスは、論争の負けを認めて「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった」と言われました。女性が家に帰ってみると、その子は床の上に寝ており、悪霊は出てしまっていました。このエピソードは主イエスと異邦人の女性との言葉によるコミュニケーションがあるのみで、その言葉の中に込められた思いによって互いの心が作用しあった結果、恵みがもたらされた箇所です。本日は、これに続く箇所であり、やはり異邦人の土地における、言葉によるコミュニケーションに関わるエピソードです。前回登場したシリア・フェニキアの女性は非常にコミュニケーション能力に優れ、巧みな会話のできる女性でした。本日の聖書箇所に登場する人物は真逆で、主イエスは言葉をうまく発することの出来ない障害を持つ人と向き合われます。

 本日の聖書箇所のエピソードの明確な時間や場所は記されておらず、主イエスの奇跡行為に焦点が当たられています。しかし、時期はシリア・フェニキアの女性とのエピソードの後であると考えられます。ただ、どれくらい後であったのかは分かりません。記述すべきエピソードとしてはシリア・フェニキアの女性の話に続く位置関係であると思います。場所は諸説ありますが、おそらく異邦人の地のデカポリスであり、マルコによる福音書の5章1節の舞台でもあった、ゲラサ人の地方の辺りではないかと思います。

 あらためて、31節をお読みしますと「それからまた、イエスはティルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた」と記されています。聖書の後ろの「新約時代のパレスチナ」という地図をたどって頂くと、よく分かるのですが、7章24節で主イエスは宣教活動の拠点であるガリラヤから約65キロ離れた異邦人の地であるティルス地方へやって来られました。そこでシリア・フェニキアの女性の願いを聞いて、その娘を癒やしました。最終的に、ガリラヤ湖へ帰ってくるのですが、31節の主イエスのたどった道のりは、ティルス→シドン→デカポリス→ガリラヤ湖というルートで、地図を見ると分かるのですが、かなりの迂回経路をとっています。もう少し詳細に経路を述べますと、おそらくティルスから北上してシドンへ向かい、そして南東へ向かいレオンテス川を渡ってから南下し、フィリポ・カイサリアを通り、デカポリスの北側か東側からデカポリスの真ん中を抜けてガリラヤ湖を目指し、本日のエピソードの舞台となるガリラヤ湖の東岸にやってきたのでは無いかと思います。直線移動距離にして約200Kmです。新宮と大阪と同じくらいです。江戸時代の話ですが、江戸日本橋~京都三条大橋間は126里6町。現在の距離で約495.7キロメートルとなりますが当時、東海道の旅は徒歩で13泊14日が一般的だったそうです。幕末に日本を訪れたオランダの医師シーボルトは17日間で移動したと記録しています。200Kmは日本橋と京都の半分に満たない距離です。驚くほどのものではないと思います。しかし、多くの注解者はこの記載は極めて不自然であると述べています。実際にこの様な経路をたどることは可能であるが余りにも遠回りであるのであり、必然性が無く、常識では考えにくいと言うのが理由です。そしてマルコは本日の聖書の出来事が起こった場所を異邦人世界に設定する意図で、地理の知識の無いマルコが大まかにこれらの外国の地名を列挙したのだろうと理解されているようです。しかし、私はマルコの記述を否定する理由を理解できません。主イエスがティルスへ来られた理由は記されておりませんが、誰にも知られないようにやってこられたのであり、少なくともビジネスや急ぎの所要ではありません。わざわざ65キロ離れた外国まで来て、シリア・フェニキアの女性と会話を交わしただけで、最短距離をとんぼ返りするという理由が分かりません。3月21日の説教で、ティルスへ来られた理由として、次のような事ではないかと申しました。それは「5000人の群衆への給食の出来事があり、その後、直ぐに多くの人々に宣べ伝えると共に癒やしのために町を訪ね歩き、ファリサイ派との論争があり、ユダヤの祭儀規定を廃止するなど、多忙が続いておりました。ですから、一時の休息を取るのと同時に、ガリラヤで盛り上がりを見せている主イエスを革命のリーダーに担ぎ出そうとするメシア運動を避け、遠方の異邦人の地で、ほとぼりが冷めるまで逃れようとされました。そして、休息して、祈る時間を取り、弟子たちとの信仰の交わりを深いものにしようとされた」のではないかというものです。あくまでも、31節の旅の工程は福音宣教が目的ではなく、ユダヤ人たちやファリサイ派、律法学者との関わりもない時間を過ごされ、弟子たちと交わりや学びを深める大切な期間であったと思います。主イエスは間もなく十字架の苦しみと死を通して父なる神さまによる救いの御業がなされるのですが、主イエスが前もってご自身が逮捕されて死刑になることを弟子たちに予告をします。それは8章31節以降に記されています。それまでに弟子たちがその事を受け止めることの出来る様に準備が必要であります。また、弟子たちはやがて宣教に派遣されるのですが、そのために教えるべきことも多くあったはずです。その為に、31節の迂回の旅は大切な時間であったのだと私は考えます。

 さて、32節ですが「人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った」とあります。舌の回らない人というのは、言語に障害のある人という意味で、吃音やしゃがれた声などを含む何らかの困難を持つ人のことであります。しかし、「耳が聞こえず」とありますので、この人が「舌が回らない」のは聞こえないことが原因で、声を出す機能はあるのですが、話すことが出来ないのであると思います。ここで確認しておきたいことですが、何らかの障害により人とのコミュニケーションが困難であるという理由で、福音のコミュニケーションが出来ず、恵みが分からないといことは絶対ありません。このことは、知能に重い障がいを持つ人たちの支援施設である止揚学園の職員として働いている私の友人から教えられました。彼女はその事を関西学院大学の神学研究科で修士論文にもまとめており、現場における実体験だけでなく、学問的にも裏付けています。少なくとも恵みは神さまの方から一方的に下さるものでありますので、人間の側がどの様な状態であるかは問われません。一方的な神の恵みであるのです。

 先程も申しましたが、この出来事は異邦人の地におけるものであり、主イエスがここを訪れたのは福音宣教のためではありません。またこの地の人々もメシア待望をしておりませんでした。しかし、人々の間で、主イエスは様々な癒やしや悪霊からの解放の御業をなさる方であると言う噂が広まっていたようです。そんな主イエスのもとへ、「耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるように」と人々が来て願いました。「手を置く」というのは、癒やしの行為の動作を表しているものです。多分、人々は主イエスが人の頭に手をおいて癒やれるとう御業を伝え聞いていたのだと思われます。なにはともあれ、この「耳が聞こえず舌の回らない人」にとって、気遣いをし、助けてくれる仲間が居ることは幸いであります。おそらく、苦しみや悩み困難を共に負い、恵みの喜びも共に分かち合うことのできる仲間であるのだと思います。

 主イエスは人々の願いを受け入れられます。これまでに主イエスは様々な病気を癒やしたり、悪霊を追い出す事をされましたが、その際、触れるだけであったり、あるいは触れることも無く言葉のみで癒やすこともされました。いとも簡単に癒したり、悪霊を追い出したり、あるいは死んだ娘をよみがえらせたりしました。しかし、今回は違いました。まず主イエスは「この人だけを群衆の中から連れ出し」ました。群衆から連れ出したのは、ご自分の御業を父なる神との密接な関係において行うためであり、また興味本位で主イエスの癒しの御業見るために集まった見物人を避けるためであると思われます。また、主イエスの権威は人々に見せるのが目的ではありませんので、奇跡の御業を人々の目から隠されたのでしょう。そして、この癒しを受ける人と真に出会い、向き合おうとされたのです。ただ単に、障碍を取り除くだけが癒しの目的ではないということです。

 主イエスのこの人に対する癒しの行動はこれまでと違い、手を置くのではなく、自分の指をその人の両耳に差し入れ、つばを手につけて、その人の舌に触れるという一見奇妙な業を行いました。この行動について様々な解釈がなされています。はっきり申しまして、理由は分かりません。注解者や研究者あるいは説教者がこの言葉から受けたイメージは多様です。この癒しの御業は他の癒しの場合と異なり非常に困難なものであった、とかこの人は耳に障碍があり主イエスの言葉を聞き取れないからこの様な行動をしたとか言われています。しかし、主イエスは言葉だけで死者を甦らせることが出来る方です。それより困難なことはないと思います。もっとも、死んだ人も言葉を聞き取ることは出来ないと思います。しかし、主イエスは死者に語りかけ、眠っている人を起こすように甦らせるのであります。それでは33節の主イエスの振る舞いはなんだろうということですが、これは父なる神さまの創造の御業と同じことをされたのだと思います。創世記2章7節に「主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」と書かれている御業です。ここでは、主イエスは父なる神さまと同じ様に指でこの人の耳の穴を作り、そして口と舌を形作って、舌を湿らせることで話せるようにしたのだと思います。ヨハネによる福音書5章19節で主イエスは「はっきり言っておく。子は、父のなさることを見なければ、自分からは何事もできない。父がなさることはなんでも、子もそのとおりにする」と言われています。そのように神の御子として父なる神さまが創造の際に行われたように、主イエスのもとに連れて来られた人の耳と舌を同じ様に創造されたのであります。主イエスの癒しの御業は父なる神さまの創造の御業のうちに隠されたものであり、同じことをなさるのです。

 そして、天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われました。6章41節で、主イエスが5つのパンと2匹の魚で5000人の人々の胃袋を満たし、残りのクズを集めると12の籠がいっぱいになったと言う奇跡の出来事を覚えておられること思いますが、その際に主イエスは5つのパンと2匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて、弟子たちに配らせ、2匹の魚も分配させたと、あります。この「天を仰ぐ」というのは祈りの姿勢であり、そして主イエスの力の源がどこにあるのかを明らかに示していると言えます。この天というのは、物理的な空間や上空をさしているのではなく、天の父なる神さまのご支配のもとである神の国であります。「深く息をつき」というのは、これから救いの御業を行う主イエスの精神的な高まりを表す、と捉えることが出来ます。それは、人間の苦悩への共感とあわれみ(1.41)、あるいは使徒パウロがローマの信徒への手紙8章26節で語っております「聖霊のうめき」にも似た、主なる神さまへの執り成しの祈りとも受け取ることが出来るのではないでしょうか。この「深く息をつき」の解釈についても、様々な提案が成されており、それらの解釈の例をあげるきりがありませんので、今回は控えます。そして、主イエスは、父なる神が御子である主イエスの願いを聞き入れられたことを確信し、癒しを受けようとする人に向かって、父なる神さまが創造の時になさった御業を今一度自分の耳と舌に成して頂くように、天に向かって、心も体も開きなさいと命令されました。「エッファタ」とは、主イエスが日常話しておられましたアラム語で、「すっかり開かれなさい」という受動態の命令形であります。

 「すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようにな」りました。この人は耳が聞き取れるようになり、はっきりと話せるようになりました。自分の声を正しく聞きながら、正しく話すことが出来るようになったのです。聞こえるようになり、話せるようになった時、この人と共にいたのは主イエスだけでありますので、最初に聞いたのは主イエスの言葉であり、最初に話した相手は主イエスであります。恵みによって癒やして下さった主イエスと最初に言葉をかわしてコミュニケーションをしたのです。これ程の幸福はないと思います。主イエスがこの人を群衆から引き離し、この人と向き合われたことの意味がここにありそうです。どの様な会話をしたのか分かりませんが、おそらく福音が言葉として主イエスから直接伝えられ、自分の耳を通して恵みの言葉が聞かされ、そしてこの人はその主イエスの言葉に応答する為の言葉を引き出され、自分自身の声ではっきりと発したのではないかと思います。私はこの場面をその様にイメージしてしまいます。

 しかし、主イエスは人々に、だれにもこのことを話してはいけない、と口止めをされました。しかし、主イエスが口止めをされればされるほど、人々はかえってますます言い広めたのであると、36節に述べられています。この「言い広める」という表現は「説く」とも訳せます。洗礼者ヨハネが主イエスについて教えを説き、主イエス御自身が神の福音を説くという時の「説く」と同じ行為であります。したがいまして、人々は、主イエスに禁じられていたのですが、主イエスの福音を説くのと同じ様な働きをしたのであります。主イエスの力ある御業は人に語らずにはいられない、それ程までに大いなる働きがあったのだと思います。

 福音の言葉によるコミュニケーションは、最初はこの癒やされた一人の人と主イエスの2人の関係によるものでした。しかし、福音は力強く働き、一人の人の中に留まることはなく広く深く他の人々に向かって拡散していくものです。本日の聖書箇所では耳と話すことに障碍のある一人の人が主イエスと出会い、恵みの言葉を聞く耳とその恵みに応える言葉を語る声が開かれました。この人にとっては生まれて初めて聞いた言葉が主イエスの声であり、それは主イエスの良い知らせであり、そして、それを伝える声を与えられたのです。良い知らせは人に伝わっていくことは当然であると思います。福音にはその力が備わっており、私たちがその福音を信じたとき、福音は豊かなものとなって人々の中に伝達されて行くのだと思います。宣教師のヘール兄弟は新宮の地で福音の言葉を伝えました。私たちの先輩たちはその福音の言葉を聞き、それに応答する言葉を発して、信仰を言い表したのです。福音を人々に伝えるために、声を発して、福音を人々に伝えたのです。おそらく、心が掻き立てられ、福音を語らずにはおれなかったのだと思います。その福音の言葉は私たちも聞き、今も生きて働いています。私たちは沈黙していてはなりません。神さまを褒め称え、福音を語らなくてはなりません。ただ、しかし、近年キリスト教会において福音によるコミュニケーションに弱さを感じます。確かに昨今、私たちを取り巻く社会環境において、様々な理由で宗教というものに対して厳しくなっています。その影響があるかも知れませんが、それでも、もっと活発に福音を語るべきだと思います。昨今の教勢の低下の理由の一つに、教会で説教者の語る言葉に原因があるのではと感じる時があります。聞く人の中で響き、聞く人が黙していることが出来きず、語らずにはいられないという思いを掻き立てる強さを与えることが出来ていない、すなわち語る言葉に力強さが失われ、死んだ言葉になっているのではないか、と不安になります。聖日毎に説教をする当事者として、日々自問し、感じている課題であり、悩みです。特にコロナ禍においてそのことが心配になっています

 ところで、私たちキリスト者は言葉を大切に扱うべきです。最近の匿名性の高いネット社会の広がりによって、人々の言葉が荒れてきたように感じます。それに倣うべきでないと思います。キリスト者の言葉は、決して噂話や、人をけなし、誹謗中傷する為や、人を傷つける為のものではありません。語るなら福音を語り、愛を語り、美しい言葉を語るべきだと思います。耳も同じで、けなす言葉、誹謗中傷、傷つける言葉は聞きたくないはずです。愛に満ちた言葉、良い知らせ、美しい響きを聞きたいのです。目で読む文字も同様です。常に私たちは神さまの御前に置かれていることを忘れてはなりません。

 最後の節の37節に、「そして、すっかり驚いて言った。『この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる』」と述べています。すっかり驚いてと言うのは、これ以上驚きようがないという最上級の驚愕を示しています。「この方のなさったことはすべて、すばらしい。」という表現は、父なる神さまが天地万物を創造された出来事を想い起こさせます。父なる神さまは造ったものはすべて良かった、とされました。この父なる神さまが人を造られた時に耳や口を造ったのと同様に、主イエスによって癒やされた人は耳や口を作り直されたのであり、それは当然この人にとって最高に良かったことであります。また、37節の「耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」という言葉はイザヤ書35章5節の「そのとき、見えない人の目が開き聞こえない人の耳が開く」というイザヤの預言が成就したことを示していると読むことが出来ます。人々は、この箇所で行われた主イエスの御業に、預言者イザヤが語った救い主が来られるという預言が成就し、救い主が到来し新しい歴史が開始した、ということを証言しているのであります。また、本日の聖書箇所であるマルコが7章31から37節で語っている出来事は創世記とイザヤ書との関連が示され重要な意味を持っています。特に、この箇所はイザヤが預言で繰り返し語る重要な言葉である「そのとき」が、主イエスの到来によって遂にやってきたことを示しております。そして、この出来事は使徒パウロがコリントの信徒の手紙二の5章17節で「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」と語ったように、新しい創造のはじまりを示していると言えます。

 また、この本日の箇所では、異邦人の住むデカポリスで異邦人が救い主であるメシア到来を告げるという素晴らしい出来事が起こり、また、誰にも話さないようにと口止めされたにも関わらず、その良い知らせを自分の中に抑えることが出来ずに、人々に語ってしまったのであります。これは国籍や民族、風習、文化、文明、社会的な階級、性別、世代、さらに時代の違いに関係なく、良い知らせはその様な障壁を打ち破って広がることを教えています。福音の恵みの真実に素直であり、耳が開かれて恵みを聞かされ、恵みに応答する口が開かれる時、私たちは福音を語り始め、何者であってもそれを止めることは出来ないのであります。

 祈りましょう。
 イエス・キリストの父なる神さま、御名を賛美致します。
主イエスの十字架とよみがえりを覚えて、主を讃え、心からほめ歌います。主の復活から始まった一週間の歩みを守られ、再び御前に召し集められ、御言葉を賜りました幸いを感謝致します。私たちは喜びと感謝のうちに行きたいと願いながら、不安や悲しみ、怒りや落胆を併せ持ちながら御前に集まっています。どうか私たちを憐れんで下さい。
 どうか、復活のイエス・キリストを慕うものとして、主の愛に生き、福音をこの地において、人々に語ることが出来ますように、この群れの仲間のために祈り、励ましあうことが出来ますように、そして共に救い主の来臨を待つ者が集まる群れの教会として成長させて下さい。
この祈りをイエス・キリストの御名を通して御前におささげ致します。アーメン。


2021年4月5日月曜日

チューリップ満開

いま、新宮教会の花壇では、チューリップが満開です。
花壇の花たちが礼拝に来る皆さまを出迎えてくれます。


満開のチューリップ


クリスマスローズ


2021年4月4日日曜日

4月4日 復活日(イースター)、復活節第1主日 マタイによる福音書28章1~15節 説教

4月4日
復活日(イースター)、復活節第1主日
マタイによる福音書28章1~15節
「イエス・キリストの復活」
賛美歌15–1, (21)575-1, (21)575-3, 541

 本日のイースター礼拝ではマタイによる福音書28章1~15節よりともに神さまの言葉をお聞きしましょう。

 今朝私たちは、主イエスのご復活を喜び祝い、礼拝をささげるために集まってまいりました。主イエスは金曜日に十字架にかかって死なれ、日曜日に復活させられました。この出来事は約2000年前にエルサレムで起こった出来事です。イースター礼拝は昔こういう不思議な出来事があったということを懐かしむために守っているのではありません。主イエスは金曜日に十字架にかけられ、死んで葬られました。先週の棕櫚の日の礼拝では、その受難日の出来事と死の意味についてマタイによる福音書から共にお聞きしました。金曜日に本当に死なれて墓に葬られたのですが、日曜日の朝に復活されたのです。イースター礼拝で私たちはその復活を喜び祝うのです。「イエス・キリストは復活されました。主イエスはほむべきかな。ハレルヤ」と冒頭で挨拶すべきであるのかと思います。先週もお話しましたが、ハリスト教会では、「ハリストス復活!」「実に復活!」と互いに挨拶し喜びを分かち合うそうです。このような習慣が出来るまでには時間がかかると思います。そしてなりより、喜びの意味を知っておかないと喜ぶことができません。その喜びとは、イエス・キリストが父なる神さまに復活させられたという出来事が、これまでも、今も、これからも、死んでからも直接私たちに関わるものであるということです。その意味を知り、いつも現実のこととして自覚しておかないとイースターにいきなり喜ぼうと思っても喜ぶことは出来ません。そこで、今日はイエス・キリストの復活は私たち人間とどの様な関わりがあるのかについて、聖書の言葉を通してお聞きしたいと思います。

 ところで、挨拶について蛇足ですが、日本のプロテスタント教会、特に日本キリスト教会の各教会において教会での平和の挨拶が習慣になっているところは、少ないようです。恥ずかしいようで、なかなか出来ないようです。お互いに「キリストの平和がありますように」「主の平和がありますように」「シャローム」と礼拝の中で、あるいは礼拝後に互いに心から挨拶すべきかと思います。この挨拶を交わすのは、あなた自身が平和になりなさいということではなく、あなたに神さまが平和をもたらして下さいます様に、とお互いに神さまにお願いし合うことだと思います。ですからお互いの関係は人と人との関係ではなく、人と神さまと人と関係で、ここに神さまが居られることを信じている、確信しているからその挨拶は成り立つのだと思います。

 マタイによる福音書の28章は主イエスの復活について語っている章です。全ての福音書に復活の記事が記されているのですが、主イエスが具体的にどの様によみがえったのか、その過程についてはどの福音書も述べておりません。マタイに於いてもそうですが、よみがえったという結論を語っているのですが、よみがえり方、またよみがえりの過程については述べていません。現代人は、私もその一人であるのですが、特に啓蒙主義に影響を受け、さらに科学技術を過大評価している私のような者は、格好良く言えば、理性による思考の普遍性を主張する者は、完全に生命活動を停止した人間がどの様なメカニズムで生命活動を再開したのかを知りたいのであります。また、納得できる合理的な説明がなされないと復活を信じることが出来ないと思うのです。しかし、福音書は、あるいは聖書は主イエスの遺体がどの様なメカニズムで生き返ったのかということに興味を持っていません。あるいは秘密にしている様にも感じます。知る必要がない、理性では理解する必要はない、と考えているようです。それより、復活の本質を、十字架で死んだ主イエスが3日目には、墓にはおられない、そして生きた方として、裏切った弟子たちをゆるし、新たに交わりを持って下さった、ということに置いていると言えます。それでは、どうして私のような人間がイエス・キリストの復活を信じることが出来るのか、ということですが、それは聖霊の働きによって信じさせられるのです。自分が思考して信じたという能動的なものではなく、信じさせて頂いて可能になる、という受動的なものであると思います。

 主イエスの埋葬は、アリマタヤのヨセフが主イエスの遺体を引き取り、きれいな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口を大きな石を転がして塞いで完了しました。更にその後、ファリサイ派や律法学者によって墓の石に封印をして、番兵が置かれたのであります。マグダラのマリアともう一人のマリアがそれらのことを目撃していました。おそらく埋葬が完了したのは日没前の安息日の直前であったと思われます。

 そして、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行きました。マルコによる福音書やルカによる福音書でもマリアたちは墓に向かう場面が記されていますが、香料を主イエスの遺体に塗るために墓へ向かったことが記されています。主イエスは受難日である金曜日の午後3時頃に息を引き取られました。その数時間後の日没から安息日が始まります。ユダヤでは日没から一日が始まり、夕刻の日没の前に一日が終わります。安息日が始まると律法の規定で作業ができませんので、その前に急いで埋葬したと考えられます。そのため、香料を遺体に塗ることが出来なかったので、安息日が明けて直ぐ遺体に香料を塗るために墓に向かったとマルコとルカは記しています。しかし、マタイは、彼女たちが墓へ向かったのは主イエスの遺体に香油を塗るためにでは無い様に伝えています。福音書はいずれも復活の出来事を語っていますが、同じことを書いているのではありません。福音書ごとに見解が違います。何故違うのか、様々な議論がなされていますが、明確な回答はありません。アウグスティヌスは一つだけが正しく、他は誤りであるというのではなく、全てが正しいことを伝えていると述べています。本日はマタイの記事に従って読んで行きたいと思います。

 マタイが伝えているのは、安息日が終わって新しい週の最初の日すなわち日曜日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが墓へ行きました。彼女たちは墓が厳重に封印され、番兵に見張られていることを知っており、墓に入って香料を塗ったり、あるいは墓に近寄ることも出来ないことを知っていたはずです。それでは彼女たちは何のために墓へ行ったのかということですが、彼女たちは「墓を見に行った」のです。マタイがここで用いた「見る」という言葉は、「凝視する」とか「観察する」という強い意味の言葉です。ただ単に眺めにいったのではなく、「墓を凝視する、強い思いで見るために行った」のです。おそらく彼女たちは愛する者を失い、その死によって心が打ち砕かれてしまい、深い悲しみの内に、ただ墓を見つめること以外に何も出来なかったのだと思います。その時、主イエスの復活など頭の片隅にもありませんでした。ところが、彼女たちが墓へ行ってみると、大きな地震が起こり、主の天使が天から降ってきて、墓を塞いだ石をわきへ転がし、その上に座っていたのです。この地震は主イエスが復活によって起こり、そして主イエスが墓から出てくるために石が転がされていたのではありません。復活した主イエスにとって墓を塞ぐ石の存在は意味をなさないものです。もう既に復活されて墓にはおられません。墓を塞ぐ石が転がされていたのは、マリアたちに空の墓を見せて、もう既に墓には主イエスがおられないことを見せて確認させるためでした。

 そして、天使の姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白く、地震で転げた石の上に座っていたので、見張りの者たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになっていました。そして天使はマリアたちに「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい」と言いました。普通この光景を目の当たりにすると、恐れるのは当然だと思います。番兵は恐怖のあまり死人のようになっておりました。天使は番兵を無視するかのように、彼女たちには、恐れないようにと語りかけ、主イエスが復活されたことを告げました。言葉だけでなく、彼女たちに空の墓を見せて確認させました。しかし、直ぐには理解できなかったのではないかと思います。主イエスは十字架にかかられるまでに3回ご自身が十字架にかけられて死ぬが、三日目に復活することを話されておられました。彼女たちも弟子たちものそのことを聞いていてのですが、それがどのようなことか、分かっておらず、信じていなかったのです。彼女たちはイエス・キリストの復活を信じ、復活の主に出会うために墓に来ていたのではありません。墓に行き、少しでも遺体の近くに行きたかっただけです。愛する者を失った深い悲しみにと絶望を和らげるためであったのかも知れません。既に死んだ主イエスと過ごした過去の日々を思い出し、懐かしみに行ったのかも知れません。彼女たちは主イエスを愛していたのでが、やはり人間としてしか主イエスを捉えることが出来ず、素晴らしい人であったけど、死の力に捕らえられてしまい、死から逃れることが出来なかったと見ていたのです。それは普通の人たちの考え方です。しかし、本当にそうであれば、キリスト教は生まれず、程なく主イエスも全ての人の記憶から消えてしまったと思います。天使は、彼女たちの心の内を知っているかのように、あなたたちが捜している主イエスは、復活されたので、もう墓におられない事を告げたのです。それは、彼女たちの意識を絶望から希望へ、闇に向けていた視線を光の方へと、正反対に向けさせるものでした。

 天使は、主イエスは「復活なさった」と言っているのですが、「復活なさった」と翻訳されている言葉は原文では受動態であり、正確に言えば「復活させられた」であります。さらに忠実に言えば「起こされた」です。原文を忠実に訳すと「彼は自分で言ったとおり、起こされたからである」となります。主イエスがご自身の力で復活されたのではなく、父なる神さまが主イエスを復活させたのです。復活は聖書における核心であり、主イエスの地上での歩みにおける最大の奇跡であります。しかし、それは主イエスご自身の力で復活した、のではなく、父なる神さまの御業により、神さまのご計画の通りに、復活させられたのです。従いまして、主イエスは父なる神さまの救いの恵みを受けて復活されたのです。そうでありますので、私たちにも同じ恵みが、そして復活による新しい命が与えられるという希望を抱くことが出来るのです。主イエスは私たちの全ての罪を負って、父なる神さまの罪に対する怒りを受けて、私たちの身代わりに死なれたのです。そして、死人として一旦陰府に捨て置かれた主イエスを復活させて下さることで、父なる神さまは私たちの罪を赦し、新しい命を与える恵みを示して下さったのであります。主イエスの復活は、私たちの復活の先駆けといえます。使徒パウロはコリントの信徒への手紙一15章20節で「しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました」と述べております。初穂というのは、その年に最初に実って収穫された作物のことです。主イエスが初穂であり、そのあとに多くの者が収穫物として続くということであります。私たちも、収穫されるのです。それは洗礼によって成されます。洗礼によって主イエスと一つにされるのであり、復活させられた主イエスと同じ様に、やがて復活させられた者となるのです。

 そして、7節ですが、天使はマリアたちに、「それから、急いで行って弟子たちにこう告げなさい。『あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる。』確かに、あなたがたに伝えました」と言いました。主イエスは死んでおらず、生きていると、言われたのであれば驚いても、恐れることも混乱することもなく、それは良かったと喜ぶことは容易であったと思いますが、神さまの介入があり、確実に死んだ方が父なる神さまによって復活させられたとなると、自分たちの常識、理解を超えてしまっており、容易に理解は出来なかったと思います。そして、マリアたちは天使に、石が転がされて空になった墓を見せられました。次に、主イエスは復活させられたことを聞かされました。そして、主イエスが復活されてガリラヤへ行かれることを、弟子たちに伝えなさいと命令されました。見聞きして伝える、これは私たちキリスト者がなすべきことであると思います。また、天使は、「弟子たち」にと言っておりますが、正確に言えば「彼の弟子たち」、すなわち「主イエスの弟子たち」のことです。なお、天使の言葉は主なる神さまからのメッセージです。ユダは裏切った後、自死をし、ペトロは主イエスを3度「そんな人は知らない」と言い、他の弟子たちも逃げてしまい、弟子であることを投げ出してしまいました。ただ、女性の弟子たちは主イエスの十字架の死、そして埋葬までを見届け、主イエスも元から離れませんでした。しかし、それでも神さまは弟子とよび、主イエスが復活されたという、伝言の言葉を、最後まで付き従ったマリアたちを用いて託すのです。天使が託した言葉は、「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる」であり、この言葉は福音であり、弟子たちに対するゆるしの言葉です。ルカによる福音書22章32節でありますが、前もって主イエスはペトロに対して「しかし、私は信仰がなくならないように、あなたのために祈った。だから、あなたが立ち直ったときには、兄弟たちを力づけてやりなさい」と語っておられます。その時、ペトロにはその主の言葉の意味が何のことか分かりませんでしたが、前もって主イエスはゆるされることを予告されておられました。そして、ガリラヤに行くように命じられました。ガリラヤは弟子たちの故郷であり、主イエスと弟子たちが会った場所で、彼らの信仰の原点と言える所です。そこで、お会いになり、そこから再び伝道を始められるのです。主イエスは一足先にガリラヤへ行き、躓き挫折した弟子たちを出迎え、再び信仰者として、主イエスの弟子として立たせようとされるのです。弟子たちは信仰者として立つのではなく、信仰者として立たされるのです。従うのではなく、従うものとされるのです。人間の思い出はなく、全ての人の罪を負って十字架で死んで復活して下さったイエス・キリストによって信仰者として、弟子として立たされるのです。そして、福音を見て聞いて地の果てまで伝える者とされるのです。その福音を受け継いだ私たちも、信仰者として立たされ、福音を信じて伝える者とされ、そして私たちが必ず経験する死が終わりではなく、死の向こうに、復活させられて新たな命を与えられ御国へ入れられる約束がなされているのです。希望が与えられたのです。それは、十字架の死によって陰府に一旦死者として捨てられた主イエスが3日目に復活させられたから実現したのであります。ですから、イースターの朝、私たちは「イエス・キリストは復活されました。主イエスはほむべきかな。ハレルヤ」、「ハリストス復活!」「実に復活!」、「キリストは復活させられました」「本当に復活させられました」と喜びの言葉を分かち合い、神さまに感謝し賛美することは当然のことだと思います。

 ですから、マリアたちは、今自分たちが遭遇している出来事に、恐れながらも、大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行きました。大人の女性2人が大喜びで走り出したのです。今でも昔でも、なかなか見ることのない光景だと思います。彼女らの心の中の歓喜の叫び声を言い表すなら、「イエス・キリストは復活されました。主イエスはほむべきかな。ハレルヤ」、「ハリストス復活!」「実に復活!」というものではないかと思います。

 マリアたちは、弟子たちに天使から託された言葉を伝えるために、それまで見つめていた墓を背にして、死から新しい命に、闇から光に、目線を180度変えられて走り出しました。そしてマリアたちの走る行く手に、突然主イエスが立っていて、「おはよう」と言われました。彼女たちは近寄り、主イエスの足を抱き、その前にひれ伏しました。「ひれ伏した」というのは、神さまを礼拝したということです。彼女たちは女性の弟子として主イエスに従って来たのでありますが、おそらく主イエスの復活の前に、主イエスを、神さまを礼拝する様に拝むことはなかったと思います。この時、彼女たちは復活の主イエスを神さまとして拝み、礼拝したのであります。これはキリスト教の主の日に行われた最初の礼拝であり、主の日の礼拝が最初のイースターの朝に開始されたことを表しているように感じます。また、「婦人たちは近寄り、イエスの足に抱きつき、その前にひれ伏した」のですが、足に抱きついたというのは、この復活の主イエスは肉の体を持っており、彼女たちは十字架にかかる前の主イエスと同一人物であることを確認して、喜んでいるのであります。

 主イエスは「おはよう」と挨拶されました。この挨拶は「おはよう」(カイロォχαίρω)でありますが、「喜びなさい」という意味です。χαίρωという言葉は日常的な挨拶でありますが、朝なので「おはよう」と新共同訳聖書は訳したのであると思います。しかし、ここでは単なる朝の挨拶だけでなく、十字架の死から復活させられた主イエスが出会ってくださったことを「喜びなさい」と言われているように思いますので、「おはよう」では少々軽いように感じます。

そして主イエスは「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる」と天使が告げたこととほぼ同じことを繰り返されました。しかし、一つだけ異なっている所があります。天使は「彼の弟子」と言ったのに対して、主イエスは「わたしの兄弟たち」と呼んでおられます。「わたしの兄弟たち」という言い方は、3度も主イエスとの関係を否定したペトロや、主イエスを捨てて逃げてしまった者たちへ、ゆるしを告げた言い方であると思います。そして、主イエスの兄弟として、主イエスを頭とする神さまの家族として招くこと言葉でもあります。兄弟たちというのは、私たちにも向けられた言葉でもあり、主イエスの兄弟として、神さまの家族、世々の聖徒の交わりに招いてくださっている言葉としても聞くべきだと思います。ですから、朝に、主エスにであったという、その恵みに「喜びなさい」と呼びかけてくださっているように思います。

 この後、主イエスはガリラヤで弟子たちと会います。先程も少し触れましたが弟子たちを再び召し出し、福音を告げる宣教者として派遣するためであります。主イエスご自身を見捨てて逃げ去った弟子たちをゆるして、十字架の死から復活させられた主イエスの兄弟として、共に新しい者として生きて、福音を全ての人に告げて洗礼を授けなさいというこの宣教の命令を出すのであります。そして、その命令は私たちも受け継いで居るのであり、命令は今も継続中であります。

主イエスは、2000年前に十字架上で死んで3日目に復活させられました。それで全て終了ではありません。復活された主イエスは40日間弟子たちの前に姿を現せ、聖書を解き明かし、天に挙げられました。そして聖霊を注ぎ、それによって弟子たちと共に居て宣教へと導かれたのであり、それ以来、兄弟たち姉妹たちの世代は移り変わっているのですが、今現在も、聖霊は注がれ続け、恵みは溢れ続けているのです。

 それでは、今日は、今から前後左右の人たちとお互いに「キリストは復活させられました」「本当に復活させられました」の言葉をかけあって、喜びの言葉を分かちあいましょう。

 祈りましょう。
 よみがえりの主イエス・キリストの父なる神さま、
主イエス・キリストの復活を祝うイースター礼拝をささげる幸いを心から感謝致します。そして、マタイによる福音書より、御言葉を賜りましたことに感謝致します。
 主イエスの十字架によって私たちを贖い、イエス・キリストの復活により永遠の命に生きる希望を与えて下さる神さまの計りしてない大きな恵みに感謝致します。
 イースターの喜びのうちに新たな歩みを始め、そして新たな命に生かされる者として喜び、神さまを賛美し、心より祈りをささげることを出来るようにして下さい。そして、喜んで神さまと人に仕える者として下さい。また、この喜びを兄弟姉妹と家族と友人たちと分かち合うことが出来ますように。
 ここに集う者が、新たな想いを持ちイエス・キリストの十字架を仰ぎながらこの週も歩むことが出来ますように。
 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前におささげ致します。
 アーメン。