2022年7月31日日曜日

お知らせ

本ブログをご覧の皆さまへ

 浅尾勝哉は2022年8月31日をもちまして、日本キリスト教会新宮教会の伝道師の職を解かれました。
 2年4ヶ月にわたり拙い説教をお読み頂きありがとうございました。

日本キリスト教会 近畿中会 
教師試補 浅尾勝哉

7月31日(聖霊降臨節第9主日) 聖書:マルコによる福音書10.46−52 説教:「バルティマイの信仰」

7月31日(聖霊降臨節第9主日)
聖書:マルコによる福音書10.46−52
説教:「バルティマイの信仰」(浅尾勝哉)
賛美歌:2、188−2、285、541

本日はマルコによる福音書10章46から52節より、ご一緒に聖書の言葉をお聞きしましょう。

本日の聖書箇所は、そのまま読み流しますと、主イエスが、弟子たちや群衆と共にエルサレムに向かう途上で、一人の視覚障碍者の物乞いと出会い、主がその人を癒やされて、瞬時に目が見えるようになった、という幾つかある奇跡物語の一つという印象で終わりそうです。しかし、じっくり、この聖書の言葉と対話していきますと、これは非常に重要な出来事で、マルコによる福音書が持つ特色に満ちた聖書の言葉であることに気づかされます。

「一行はエリコの町に着いた。イエスが弟子たちや大勢の群衆と一緒に、エリコを出て行こうとされたとき」(46節)という言葉で始まります。主イエス一行は、エリコの町を出て行こうとしています。もう、エルサレムが目前に迫っています。言い換えれば、主イエスの十字架のご受難が迫っているということになります。エリコは聖書の巻末の地図にありますように、死海の北西部にある町で、ヨルダン川の河口から約15Kmに位置します。古代オリエントの中でも特に古い町で、紀元前8000年頃には周囲を壁で囲った集落が出現しており、世界最古の町と評されることもあります。海抜がマイナス250mで、世界で最も標高の低い町でもあります。また、ナツメヤシの町とも呼ばれ(申34.3、士3.13)、旧約聖書にも登場する町でもあります。例えば、ヨシュア記において、モーセの後継者のヨシュアがエリコの町を攻略するために2人の偵察員を送ります。この2人が危機に追い込まれた時に、遊女のラハブが2人をかくまいました。その功績によりヨシュアがエリコを征服した時に、ラハブの家族は助け出されたという出来事があります(ヨシ2.1–24、6.17–25、ヘブ11.31、ヤコ2.25)。また、エリコからエルサレムへ向かう道は、良きサマリア人のたとえ話でもあるように、追いはぎなどの出る狭く険しい道として知られています(ルカ10.30)。まさに今、主イエスが歩もうとされているエルサレムへの道は、十字架に至る困難な道行きであることを思わせます。

本日の聖書箇所でありますマルコによる福音書の10章46–52節はペトロによる主イエスはメシアであるとの告白、主イエスの受難予告、そしてヤコブとヨハネによる「栄光をお受けになると、わたしどもの一人を右に、もう一人を左に座らせて下さい」という願いに続く箇所です。この福音書の中間部に相当する8章27節から10章52節までのエルサレムへの旅の行程において、主イエスに従うことは何であるかという教えを記した部分であり、そしてこのバルティマイという視覚障碍者の物語は、その最後に位置しています。また主イエスがバルティマイを癒やされたのは、主イエスと弟子たちのエルサレムへ向けての旅の最終段階の出来事でもあります。この物語は、その後に続く11章のエルサレム入城物語と関連しており、主イエスのエルサレムでの活動への橋渡しの役割をしているといえます。

また、マルコによる福音書の全体の流れを見ますと、主イエスのガリラヤでの宣教活動、ガリラヤの外での宣教活動、エルサレムへの旅、エルサレムでの十字架による死、そして復活、復活された主イエスは再びガリラヤへ戻られます。起承転結で表しますと、やはり本日の出来事は承から転への橋渡しになるかといえます。

話を46節に戻しますが、主イエス一行はエリコからエルサレムへ上って行こうとしていました。エリコは海抜が低くエルサレムは丘の上にある町であるため、その道は上りでありました。過越祭をエルサレムで祝おうとする各地からの巡礼者など、多くの人が一緒にいたようです。その道端にバルティマイという名前の視覚障碍者の物乞いが座っていました。約2000年前の新約聖書の時代では障碍のある人は、多くの場合、物乞いをして命を繋いでいることが多かったようです。身体の障碍による苦しみに加えて、人の慈悲に頼らなければなりませんので、肉体的にも精神的にも、非常に辛い人生であります。

バルティマイは主イエスが前を通ろうとされているのを知ると「ダビデの子よ、わたしを憐れんで下さい」と言い始めました。マルコによる福音書において「ダビデの子」と呼びかけるのはこの箇所だけであります。これはメシア的尊称で(エレ33.17)、ここでバルティマイが言う「ダビデの子」という言い方は「救い主」「メシア」という意味を含みます。

おそらくバルティマイは、主イエスによって、これまでのメシアとしての働きや病の癒しそして視力回復の御業を伝え聞いていたのだと思われます。ですから、「わたしを憐れんで下さい」と強い願いの言葉を叫んだのです。しかし、主イエスに従ってきた人々がそれを叱りつけ黙らせようとします。なぜ黙らせようとしたのか、理由は記載されていませんが、いろいろと推測することは可能です。弟子だけでなく、主に従う群衆の中には主イエスがメシアであると信じている人が多くいました。その人たちは、「ダビデの子イエス」という言い方が革命の指導者と誤解されて、当時の支配者であるローマを刺激するのではないかと恐れたのというのが理由の一つです。逆に、他のエルサレムへの巡礼者の中には、主イエスはメシアではないと考えている人も多くいました。バルティマイの叫びはそのような人の気持を逆なでし、不快にさせることを恐れて、主イエスに従ってきた人たちが黙らせようとしたのかもしれません。あるいは、恐れたのではなく、従ってきた人々は主イエスと共に歩むその時間を邪魔されたくないと思い、バルティマイのしつこい願いを迷惑と考えたのかもしれません。この場面は、主イエスに触れて頂くために、人々が子供たちを連れてきた際に、弟子たちがその人々を叱った(マコ10.13)という場面と似ています。バルティマイを阻止した人たちはバルティマイが、これまで、どれ程、辛く悲しい思いをしていたかを想像することが出来ず、また知ろうとしませんでした。このことは、マルコによる福音書のこのバルティマイの物語の少しあとに出てくる12章31節で語っておられる「隣人を自分のように愛しなさい」という、主イエスが教える最も大切な掟を無視するものであります。この時、主イエスに従う多くの人々は、心の底から隣人の愛を求め、主の救いを切望している人であるバルティマイに対し、隣人として向き合うことを避けようとしたのです。

ここに、現代の教会が陥りそうな問題を見ることが出来ます。この聖書の場面では、主イエスに従う群衆には12人の弟子たちや、ガリラヤから主イエスと共に歩んできた人たち、そしてエリコで合流した人たちによって、共同体のような集団が形成されていたと考えられます。当然、彼らはイエス・キリストに招かれて、恵みを受け同行してきた人たちです。一方、バルティマイも主イエスの憐れみと癒しを必要とし、それを切望しています。しかし、先に主イエスに招かれた人々が、それを妨害し、切り捨てようとしたわけです。現代においても、私たちの周りにはバルティマイのようにイエス・キリストの恵みや憐れみや救いを、求めている隣人が多くいるはずです。私たちはその様な人々がイエス・キリストに近づくことを、無意識のうちにも妨害していないか、また近づくことを諦めさせていないか、仮に気づいたとしても、本当にその人のことを思って、寄り添うことが出来ているのか、常に自分自身を確認しておかなくてはならないと思います。さらに言えば、私たちは先に招かれている者として、主を求めている人を、主と共に地の果てまで、探し求めなければならないのだと思います。それが福音宣教であります。しかし、現代社会において、主イエスを求めなければならない人がそれに気づかない事が大半です。バルティマイのように声をあげれば、私たちは気づくのですが、現実として、大半の人は沈黙しています。ここに福音宣教の難しさを感じます。自分ですら福音の必要性を気づいていない人に、福音をどのようにして持ち運ぶのかが、福音宣教の難しさだと思います。宣教師のヘール兄弟のように、ひとりひとりに、一歩一歩地道に福音を届ける以外ないように思います。

バルティマイは必死に主イエスの救いを求めました。この機会を逃すと、もう二度と主に会うことが出来ないと思い、人々の制止を聞かずに必死になって「ますます『ダビデの子よ、わたしを憐れんでください』と叫び続け」、そして、その声は主に届きました。主イエスは立ち止まって、「あの男を呼んで来なさい」と言われました。この言葉は、主イエスに同行する多くの人々の態度を完全に否定した言葉であると同時に、バルティマイに対する招きの言葉です。また、主イエスのこの言葉は、憐れみを本当に必要とする弱者へ向けて断乎たる意志が込められていると感じます。そしてこの主イエスの救済の意志が、十字架に向かう歩みの意味であり意義であると考えることができます。この主イエスの招きの言葉でバルティマイの人生が変わります。人々はバルティマイに「安心しなさい、立ちなさい、お呼びだ」と伝えました。この言葉を聞き、バルティマイも思わぬ展開に大喜びして「上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た。」と記されています。脱ぎ捨てた上着は、当時の物乞いに特有のもので、体全体を覆うように上から羽織るように着て、そしてこの上着の丈は長くて、地面に裾を敷いて座り、残りの部分で身体を覆ったり、施しを受けるためにそれを伸ばして、お金や食べ物を置いてもらうことが出来る様になっていました。バルティマイにとって、それは生活必需品であり、物乞いをするための商売道具でもあり、彼にとって唯一の財産であるといえます。バルティマイは、主のもとに向かうためにそれを捨て去ったのであります。彼は、この時、上着と共に古い自分を脱ぎ捨て、新しい人間に変えられたのです。さらに言えば、視覚障碍者で物乞いであるバルティマイという主イエスの救いを最も必要としている人を隣人して、愛することも向き合うことの出来なかった人々が、バルティマイと人間関係を正常に構築できた瞬間でもあります。バルティマイを邪魔者とし、見下していた人々が、同じ視線で顔と顔を向き合わせ、隣人として共に生き、愛し合うことのできる関係ができたのであります。ですから、主イエスと共にいる人々もバルティマイと同様に、古い人間を捨てて、新しい人間を着た瞬間でもあります。「安心しなさい、立ちなさい、お呼びだ」という言葉は一つの救いの言葉が福音が伝えられた瞬間であると言えます。

バルティマイは主イエスの所に来ました。そして主は「何をしてほしいのか」と問いかけられました。主イエスはバルティマイが何を望んでいるのかをご存知であったと思われますが、自分の意志と言葉で言い表すように求めました。バルティマイは「先生、目が見えるようになりたいのです」と答えました。バルティマイはそれ以外のことを望んでいませんでした。その唯一の望みを主に願い求めました。そして、主イエスは「行きなさい。あなたの信仰があなたを救った」とだけ言われました。他の視覚障碍者への癒しの場面の様に、祈ったり、ツバでこねた土を目に塗るなどの視力回復のための動作もせず、ただ行きなさい、あなたの信仰があなたを救ったとだけ言われました。もう自由に生きて行けるので、あなたは自由になりなさい、という意味が込められています。そしてバルティマイは直ぐに目が見えるようになりました。バルティマイは、これまで癒しの場面で登場した、会堂長の様な信仰や、フェニキアの女性の様に優れたコミュニケーション能力で救いを得たと言う訳ではありません。ただ、自分の全てをかけて、唯一の財産である上着を投げ捨てて、主のもとに喜び勇んで舞い上がるようにして行くという、信頼を示しただけであります。主イエスは、それを受けいれて、あなたが私にかけた信頼が、あなたを救ったと言われて救いの御業をなされました。バルティマイは富める青年とは全く逆の行動をとったと言えます。

ところで、ここで主イエスがバルティマイに言われた「何をしてほしいのか」という言葉は、本日の箇所の直前の35−45節で、ゼベダイの子ヤコブとヨハネの2人の弟子に、主が問いかけられたのと同じ言葉です。「何をしてほしいのか」という主イエスの問いに、弟子であるヤコブとヨハネは、主が「栄光をお受けになるとき、私どもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせて下さい」(38節)と神の国で自分たちは高い地位に就きたいという厚かましいお願いをした場面です。一方、バルティマイは同じ「何をしてほしいのか」という問いかけに、「先生、目が見えるようになりたいのです」と主に向けて信頼を込めて願ったのです。そして、願いをかなえられたのでした。彼が見えるようになった目で、最初に見たのが主イエスの姿でありました。それは大きな恵みであります。

主イエスに目が癒やされ、そして「行きなさい」と自由を与えられたバルティマイのとった自由行動は「なお道を進まれるイエスに従った」ことであります。バルティマイは、肉の目が開かれただけでなく、霊の目も開かれたのでした。そして古い自分を脱ぎ捨て、新しい人間として歩み始めました。これは、バルティマイの回心であります。このあとのバルティマイについてマルコは何も記していませんが、おそらくバルティマイはエルサレムに上る主イエスに従って行き、主イエスに与えられた視力で、エルサレムで起こった主イエスの受難の一部始終を見届け、全てを目に焼き付け、イエス・キリストの十字架と復活の目撃者になったに違いないと思います。

因みに、マルコによる福音書の主イエスの奇跡の御業は、バルティマイの目の癒やしが最後です。それ以降、奇跡物語はありません。もう奇跡は必要なかったということであります。このあと、11章からエルサレムでの主のご受難の物語と展開していきます。バルティマイはそのエルサレムでの十字架への道を進まれる主の後に従って行きます。ある意味、バルティマイの癒しの物語は、主の受難物語のプロローグと見ることも出来ます。バルティマイという視覚障害者で物乞いの救いは、「仕えるために」来られた主イエスと、救いにあずかる人との関係を明確に示し、主イエスは誰であるのか、その主イエスにどの様な人間が信頼を寄せて従ったのが分かります。バルティマイが主イエスに寄せた信頼は、強い信仰へと養われていったと思います。バルティマイは「子供のように神の国を受け入れる人」であったのです。また、このバルティマイの物語はマタイおよびルカによる福音書のそれぞれに並行記事が書かれております。しかしバルティマイという名前が記されているのはマルコの10章46節のみです。マルコによる福音書が「バルティマイ」の名前を記載したのには重要な意味があったと推測できます。

マルコによる福音書は、紀元後70年頃に纏められたと言われています。聴衆はローマにおけるユダヤ人キリスト者から成る共同体であったと想定されています。また、マルコによる福音書が纏められたのは主イエスの十字架から40年程しか経っておりませんので、ローマの教会には、直接あるいは間接的にバルティマイと交わりをもち、バルティマイから直接エルサレムでの十字架と復活の目撃談を聞いた人たちが多く居たと思われます。

弟子を始めとして主イエスに従ってきた人は多くいます。主は付き従う人々に、エルサレムに至るまで、繰り返し様々なことを教えられて来られました。しかし、真実にそれを理解して、主に従うことができたとは言えません。そして、いよいよエルサレムを直前にした時に、主イエスが歩んでいかれるその後を新たに従い歩みだした人が登場します。その名はバルティマイである、とマルコによる福音書は記しました。聖書にはバルティマイついて、この箇所以外に書いておりませんので、推測になりますが、バルティマイは弟子たちが逃げ去った後も、イエス・キリストの受難と復活の全てを直接目撃したのだと思います。そして、目撃者として一部始終を多くの場所で、多くの人に語ったのだと思います。マルコもそれをバルティマイから直接に聞いていたのかも知れません。ですから、先程も申しましたが、マルコによる福音書の読者である1世紀後半のローマの共同体には実際にバルティマイから直接、イエス・キリストの出来事を聞いた者も居たのだと思います。そこで、マルコによる福音書ではバルティマイという名前を聖書に記録することにより、これは私たちの知っている、主イエスの十字架と復活について教えてくれたあのバルティマイに起こった出来事なんだ、と身近な出来事として、リアリティのある話としてこの福音書の言葉を聞き、信仰を養い、恵み受けることが出来たのではないかと想像できるのであります。これは、あくまでも、私がこの聖書の言葉から受けた想像でありますが、その様に感じます。

神さまは、現代社会において私たち人間のそれぞれの関係が破れ、崩れていることを望んでおられません。同じ視線で顔と顔を向き合わせ、隣人として共に生き、愛し合うことのできる共同体を求めておられます。そでないと、リアリティのある言葉として聖書の言葉を聞き、それを分かち合い、共に信仰を養いうことができません。また、正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩むこともできません。今日の聖書箇所では、当初、人々とバルティマイとの関係は完全に破れていましたが、主イエスによって人間関係が正常にされました。バルティマイを邪魔者とし、見下していた人々が、同じ視線で顔と顔を向き合わせ、隣人として共に生き、愛し合う、関係ができたのでした。

私たち、キリスト者の現在に目を向けますと、特に、日本におけるキリスト教会は教派を問わず、それぞれの共同体が多くの欠けや課題を抱え、弱ってきていると言われております。福音宣教も停滞しつつあります。全ての教会に、この困難を乗り越えることが求められています。ですから、正に今、私たちは、教会の一致を願い、古いキリスト者を脱ぎ捨てて、新しいキリスト者としての生きる道に招かれていることを知らなくてはなりません。そして、イエス・キリストによるこの招きに応えなければなりません。脆くて脆弱な土の器ですが少しでも神さまの御用に用いて頂けることを望みます。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神様あなたの御名を賛美いたします。
今日も私たちを礼拝へ招いてくださいましたことを感謝いたします。
あなたの招きに安心して、この会堂に集うことが出来ました。
神さま、あなたが御子イエス・キリストを私たちの住む、この世界へと送ってくださり、そして御子がいつも私たちと共にいてくださることは、大きな喜びです。私たちが深く嘆き悲しむときも、主が共にいて下さり、寄り添って下さることを私たちは知っています。そして、そのことが私たちの嘆きを超える深い慰めとなります。
今日、一人一人があなたからの恵みを受けて、喜んで、会堂を後にし、あなたを求める人の所へ、福音を届けることが出来るように、聖霊の豊かな導きをお願いします。どうか、この週も、あなたが与えて下さった恵みを日々数えて、喜びを持って歩むことが出来るようにさせてください。
三智子と私の新宮教会での働きと歩みがあなたに守られ、豊かで、充実したものでありましたことを心より感謝いたします。三智子も私も全力を尽くし、精一杯やりきりました。特に、三智子は死ぬまであなたを信頼し、あなたと新宮教会に仕え切りました。そして、私の働きの全てを支えてくれました。神さま、どうか三智子のこの世での働きを祝福し、その働きの苦労をねぎらい、褒めてやってください。私たち二人での働きはほんの僅かなものでありましたが、もう私たち二人に出来ることは何もありません。二人の新宮教会の働きをこれで修了いたします。それが神さまの御心であると受けとめます。今後、新宮教会に新たな牧者が与えられ、この地での新宮教会の働きがより豊かなものとなり、さらに大きなものとなり、発展していくことを祈ります。
この祈りを主イエス・キリストの御名によって御前にお捧げいたします。アーメン

2022年7月24日日曜日

7月24日(聖霊降臨節第8主日) 聖書:マルコによる福音書3:1−6 説教「命を救う」

7月24日(聖霊降臨節第8主日)
聖書:マルコによる福音書3:1−6
説教「命を救う」(浅尾勝哉)
讃美歌:23、61、259、541

本日、はマルコによる福音書3章1〜6節より共に神さまの言葉をお聞きしましょう。

マルコによる福音書の2章1節から3章6節において、主イエスとファリサイ派の指導者との論争が5回続けて語られています。新共同訳聖書の小見出しで申しますと「中風の人をいやす」、「レビを弟子にする」、「断食についての問答」、「安息日に麦の穂を摘む」、「手の萎えた人をいやす」と記されています。今日の聖書箇所は5つ目の論争である「手の萎えた人をいやす」です。それぞれの場面で論争はある意味、殆ど声を発せず静かなものです。しかし、内容の激しさは段階的に増していき、主イエスや弟子たちへの敵愾心が増大していきます。また、この箇所は6月26日の聖書箇所であります、ルカによる福音書6章1−11節の並行箇所で、非常によく似た内容となっています。

主イエスは、人が安息日のためにあるのではなく、安息日は人のために供えられたもので、そして人の子であるイエス・キリストが安息日の主であられることを6月26日の説教でもお話しました。

今日の箇所も当然ですが、安息日に深く関わるところでありますので、もう一度、ユダヤ教における安息日の意味について少し確認しておこうと思います。古代よりユダヤの人々は1週間のうち6日間働き、7日目に仕事を休み、主なる神さまを礼拝する日としています。この安息日は異教の地であっても、ユダヤ民族のアイデンティティを保持するために厳格に守りました。その安息日を守る根拠は神の律法です。例えば、出エジプト記の31章15節に「六日の間は仕事をすることができるが、七日目は、主の聖なる、最も厳(おごそ)かな安息日である。だれでも安息日に仕事をする者は必ず死刑に処せられる」とあります。この規定は概要的で、具体的に仕事がどのようなものであるのかは記載されていません。それで、ファリサイ派のラビが具体的に行ってはならない仕事を細かに分類したものを作りました。主イエスの時代には安息日にしてはならない39項目が決められていました。後にその数はドンドン増えて膨大なものとなっていきます。その中で医者に治療を受けるのも、6日のうちにしておかなくてはなりません。急病であっても命に関わらないものは安息日に診療を受けることが出来ません。安息日に医者に診てもらえるのは出産と命に関わる緊急の場合だけでありました。

1節に「イエスはまた会堂にお入りになった」とあります。ガリラヤ伝道を始められた主イエスは、始めの頃、安息日にガリラヤ地方の会堂を巡って宣教活動をし、神の国の福音を教えられておられました。その会堂というのはシナゴーグのことで、ユダヤ教の会堂であり、ユダヤの人々が安息日毎に集まり神さまを礼拝し、律法の教えを聞き、学ぶ所です。「イエスはまた会堂にお入りになった」というのは安息日に、会堂で人々に教えるために入られたことを示します。勿論ファリサイ派の人々や律法学者は信仰のリーダーとしてその場にいました。既に、この頃、主イエスはユダヤ教の指導者であるファリサイ派と敵対関係となっており、主イエスと弟子たちはユダヤ社会において疎外されつつありました。従いまして、今日の聖書箇所は、主イエスと弟子たちは自分たちに敵意を抱いている人たちの集まる本拠地である会堂に乗り込んで行ったと言えます。おそらく、会堂には通常ではない緊迫感が漂っていたことと思います。

そこに片手の萎えた人がいました。片手の萎えた人というのは何らかの原因で片手が麻痺して自由が効かなくなった人のことです。そして、2節に「人々はイエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた」とあります。人々というのは会堂でリーダーとして礼拝を指導しているファリサイ派の人々のことです。この時、彼らは主イエスがこの片手の萎えた人に対して癒しの御業を行うことを期待し、それを確信していました。しかし、これは信仰によるものではありません。ファリサイ派の人々は主イエスの奇蹟の御業に対して敵愾心を持って、自分たちの律法の規定で裁いて陥れようとして、その機会が来ることを期待していたのです。主イエスが癒しの御業をされたら、安息日にしてはならないことをしていると訴えようとしているのであり、悪意に満ちたものであります。この人の萎えた手は以前からのもので、それを今すぐに癒さないと命に関わるというものでありませんので、今それを癒やすことは安息日にしてはならない「仕事」となります。安息日はその日の夕刻に終わりますので、数時間待って、日没後に癒やしをすれば安息日の掟に触れることはないので、おそらく会堂にいる殆どのユダヤの人々の常識的な感覚では、もうすぐ安息日が終わるので、それまで待ってから癒せば良いのであって、今すぐ癒しの御業をして安息日の律法の規定を破る必要はないだろう、というものが多かったことと思います。

しかし、主イエスは人の決めた価値観には従いませんでした。主イエスは手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさい」と言われました。主イエスは癒しの御業をされる時、多くの場合、人々が見ている所で行われます。それは、この救いの御業は、主イエスが神の独り子であり、救い主であり、神であることを人々に示すためでありました。従いまして、主イエスの救いの御業は、誰もいない所で、こっそりと内緒でされるのではなく、多くの人々の真ん中で成されるのです。洗礼を受ける時や、長老や牧師の按手礼の際と同様に会堂で多くの人の前で、イエス・キリストを信じるという告白をし、そして印を受けるのと同じです。そこには多くの証人がいます。そして主イエスの手の萎えた人に証人たちの「真ん中にたちなさい」という言葉は、招きの言葉であります。

また、人々は安息日の趣旨を理解せずに、単純に仕事をしなければ良いと考えていました。人々は安息日に仕事をする事が許されているか、許されていないかという考えしか持っていませんでした。その理解だけで考えると、主イエスの手の萎えた人への癒しは、今すぐ命に関わることではないので仕事と見なされ、律法違反となります。しかし、主イエスの安息日に対する考えは全く違うものでありました。そして、主イエスは人々に「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」と問われました。

これは「安息日とは安息を実現する日のことであり、そのためには当然、悪を行うことではなく善を行うこと、魂を殺すことではなく救う事であるのではないのですか!?」と問いかけていると考えることが出来ます。もう少し砕いて言いますと、病気を持つなど苦境にいる人を前にして何もしないでいるのは、悪を行っていることであり、その人を見殺しにしていることに等しいということです。ですから主イエスは、あなたは弱り果てている人や苦しんでいる人を前にして、善を行うのか悪を行うのか、その人を助けるのか殺すのかどちらかどちらのことをするのですか?どちらでもない中立など無いのです、傍観者は悪を行っていることと同じです、と述べているのであります。その考えの根底にあるのは父なる神の天地創造の御業に見ることが出来ます。父なる神さまは天地創造の御業において6日間で天地万物を創造され、それは全て「良し」と言えるものであり、そして6日目に全てを振り返られて「極めて良かった」と言われました。そして、神さまは天地創造の仕事を終えられた7日目を祝福し、聖別されました。即ち、神さまは6日間において「良し」と言える善を行ったのであり、7日目の安息日にも善を行った6日間を祝福したのです。神は第七の日を祝福して聖別されるという最も偉大な善をされたのであります。

そして、主イエスがこのような激しい言葉で問題提議されたのは、安息日の最中であり、今、この時、この場所で片手の萎えた人を癒そうとしているのは主イエスご自身が「安息日の主」であり、救い主が癒しをするのだということの宣言です。主イエスが絶対的権威と力を持ち、律法を制定することも廃止することも自由に出来る「安息日の主」であり、そんな主イエスが「安息日の主」として、善を行い、命を救う業をしておられることを信頼して、受け入れることを求めておられるのです。悪意や敵愾心をもって主イエスに注目するのではなく、神の救いの御業として見て、主イエスを信じて、悔い改めて、救われて、神の国の住人になりなさいと言っておられているのであると思います。

この主イエスの問いかけに「彼らは黙っていた」と書かれています。彼らというのはファリサイ派の人々のことです。この箇所は安息日における主イエスとファリサイ派との論争であるといいましたが、実際にはファリサイ派の人々は言葉を発していません。沈黙しています。勿論、この沈黙は主イエスの次の言葉を聞き漏らさないように耳を傾けるためのものではありません。主イエスを無視する、拒絶するための沈黙です。ファリサイ派の人々にとっても、安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらが良いかと聞かれると、自明の真理として善を行う、命を救うと、言わざるを得ませんが、彼らはたとえ内心ではそう思っても、自分たちの固執している安息日の規定を無視することができません。そして、またこの主イエスの問いかけは、絶対的権威と力を持ち、律法を制定することも廃止することも自由に出来る「安息日の主」が主イエスであることを信じるのか信じないのかを問うものであります。何れにしてもファリサイ派には受け入れることの出来ないことであり、沈黙することで、主イエスの問いかけを拒絶したのです。

そして、主イエスはこの沈黙による拒絶に対して、怒りの目で人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しみながら、手の萎えた人に、「手を伸ばしなさい」と言われました。沈黙による拒絶に対して主イエスは怒りを表されました。私たちは主イエスを柔和で寛容であるとイメージしています。それは正しいイメージであるとおもいます。しかし、聖書の中で数回怒りを示されたことがあります。この箇所は数少ない主イエスの怒りの場面です。ここでの主イエスの怒りの対象は幾重にも重なっていると思います。彼らが主イエスの問いかけに沈黙していること、安息日に律法を守ることに人を癒やすことより重きを置いていること、これらにも怒りは向けられていますが、怒りの中心は、やはり主イエスは「安息日の主」であり、主イエスの癒しの御業が神さまの救いの御業であることを全く受け入れることをせず、主イエスが救い主であることを全否定し、否定するだけでなく、彼らの安息日の律法の掟で、裁こうとしていることに主イエスは怒りを示されているのであります。

ただ、この箇所を読んで私たちは主イエスの怒りに共感することは不可能でありますし、共感することを試みるべきではありません。それは、主イエスの怒りを人間の怒りと同じ次元に引き下げて捉えてしまうためです。あるいは自分が神さまの立場に立って人を裁くことになるからです。私たち人間は神さまと同じ立場で怒ることは出来ません。むしろ、怒りを受け、裁きを受ける側に立つ者であることを忘れてはなりません。

そして5節の後半ですが、主イエスより「手を伸ばしなさい」という言葉を聞き手の萎えた人は手を「伸ばすと、手は元どおり」になりました。主イエスの奇蹟の御業が行われ、癒しがなされました。ご自身が「安息日の主」であることをはっきり示されたのです。そして、この御業は「悔い改めてわたしを信じなさい」という招きのメッセージでもあります。この会堂で沈黙していたのはファリサイ派の人々だけではありません。むしろ、ファリサイ派の人々は少数で、大多数の人がファリサイ派ではない一般的なユダヤの人々であったと思います。この沈黙に対する主イエスの癒しの御業は、次の展開を引き出しました。その展開は一つではないと思います。しかし、聖書が記している展開は一つだけです。それが6節に記されています。「ファリサイ派の人々は出て行き、早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」と書かれています。

ファリサイ派の人々は会堂を出ていきました。ファリサイ派の人々の心は頑なでありました。主イエスの招きに対して反発をより一層強めたのです。即ち、主イエスが絶対的権威と力を持ち、律法を制定することも廃止することも自由に出来る「安息日の主」であり、そんな主イエスが「安息日の主」として、善を行い、命を救う業を行われたという事実を一切受け入れずに、神の御心と通してではなく自らの人間の価値観で理解した律法の規定を掟とすることに固執するということを態度で示したのです。それだけでなく、更に「早速、ヘロデ派の人々と一緒に、どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」のであります。彼らは安息日に殺人計画をたてたのです。安息日に殺すことを選んだのであります。しかも、神の御子に対してであります。十戒の掟を完全に犯しており、非人間的な行動でありこれ以上の罪はありません。一方、出ていったのはファリサイ派だけであり、会堂には多くの人々がそのまま残っています。その中には主イエスの御言葉に耳を傾け、奇蹟の御業を見せられ、主イエスへの信仰へと導かれる人もたくさん起こされたと思います。なぜなら、7節以下に多くの群衆が主イエスと弟子たちに従って来たことが記されています。即ち、多くの人が悔い改めたのです。今ここにいる私たちは主イエスを目で見て体験した訳ではありませんが、同じ様な経験したことがあるかと思います。もしかして、最初は何も響くものを感じなかったけど、あるいは半信半疑であったり、何か胡散臭さを感じていたけれども、教会の交わりの中で、あるいは牧師や教会員との関わりの中で、また何度も聖書の言葉を聞き、賛美を歌う内に、主イエスを自分の救い主、真の神として受け入れる思いが起こされ、信仰を告白し、神への賛美や感謝の思いや言葉が自分の内から出てくることを感じた人が多く居られるのではないかといます。それは悔い改めであり、恵みであり、救いへの道に通じるものであります。主イエスがその時、会堂で願っておられたのは、そして今もこの会堂で願っておられるのは、人々が悔い改めさせられることであります。

ファリサイ派とヘロデ派の相談は主イエスを十字架の死へと向かわせる事となります。しかし、主イエスはこの様に頑なな心を持ち、救い主を殺そうとしている罪人であるファリサイ派の人々を怒りに任せて裁くことをしませんでした。それどころか真逆の事をされました。主イエスはこのファリサイ派の人々の罪をも背負って十字架に架かり、その罪を赦そうとされたのであります。そして父なる神さまは主イエスを死者の中から復活させることによって、人々に新しい命を与えて下さいました。ファリサイ派の人々は罪の自覚もないし、悔い改めることも出来ないから、彼らは主イエスの十字架の救いから除外されるということはお考えになられませんでした。そうでないと、罪のない完全な人間はおりませんので、救われる人は居なくなります。また、罪は重い軽いで分けられるものでもありません。現に、主イエスご自身が十字架の上で「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と言われました。主イエスは十字架につけられる前に、裁判を受けました。最後はローマ総督のポンティオピラトのもとで死刑にするために兵士に引き渡されたのですが、ピラトは主イエスに罪が無いと判断し釈放しようとしました。一言で言えばファリサイ派や律法学者たちの不正な陰謀により、処刑されるのです。主イエスは、そんな不正に対する報復を求めず、ご自身の助けも求めません。ファリサイ派や律法学者をはじめとする陰謀を企てた人々のために父である神さまにに取り成しをされたのであります。ご自分を苦しめ、十字架に付けた人々のために赦しを願われたのです。

主イエスを裁いて、十字架に付けた人々、即ち沈黙して会堂を去ったファリサイ派の人々は、主イエスの愛を知ろうとはしませんでした。彼らの心が頑なで閉じていたため、彼らは自分たちが本当に求めていたもの、追求してきた罪の赦し、神の救い、そして永遠の命が、主イエスを信じることで与えられるということを見出せませんでした。主イエスを十字架刑にすることよって、彼らは主イエスの愛を完全に無視して捨ててしまいました。しかし、主イエスが示される愛はそのようなことで変わることはありませんでした。その彼らのために神の赦しを願い、そして祈り、彼らが頑な心を開き、主イエスの愛を見出し、それを受けることを求たのでありました。

主イエスの十字架と復活の御業は片手の萎えた人に対する癒しと比べて遥かに大きく素晴らしい恵みの御業です。この十字架の死からの復活という奇跡の御業によって、私たちの命を救うために、真の罪の赦しと永遠の命を約束され、そして「安息日の主」であることを示されているのであります。私たちは安息日である今日、そのイエス・キリストに招かれ、恵みを与えられたのであります。私はそのことを信じて感謝しています。どうか、ここにおられる皆さんも一切疑うこと無く信じて下さることを祈ります。

祈りましょう。
 主イエス・キリストの父なる神さま
あなたの御名を賛美いたします。安息日にあなたに招かれたことを感謝いたします。夏の暑さによる疲労、あるいは様々な労苦によって疲れた体、そして時として萎えそうになる心をあなたの励ましと恵みによって力付けて下さい。礼拝から始まるこの週の歩み、2022年の後半の信仰の歩みをお守り下さい。
 また、この世の人間のつくり出した偏った価値観に左右されたり、それに囚われたりすること無く、ただ神さまの御心を求め、神さまを信頼し、そして何時も神さまと隣人を愛する信仰の歩みへと導いて下さい。
 この祈りを主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

2022年7月17日日曜日

7月17日(聖霊降臨節第7主日) 聖書:マルコによる福音書2:13−17 説教:「罪人を招く」

7月17日(聖霊降臨節第7主日)
聖書:マルコによる福音書2:13−17 
説教:「罪人を招く」
讃美歌:19、190、240、541


本日はマルコによる福音書2章13-17節より、共に神さまの言葉をお聞きしましょう。

今日の聖書箇所の直前の2章1−12節には「体の麻痺した人」への「罪の赦し」をとおして罪とはなにか、罪の赦しがどのようにしてなされるのかということが語られています。少し、罪の概略をお話します。ここで言う罪というのは、法律違反や犯罪のことではなく、神さまとの関係における事で、神さまとの関係が良くなく、その関係が崩れて神さまの愛を見失っていることです。神さまのことを忘れていますので、神さまを軽んじ、御心を尋ね求めることなく、自分自身を中心に据えて、自分自身を神さまと置き換えようとすることです。こうなってしまうと人間関係も崩れ、隣人との関係も崩れ、人を愛することが出来なくなり、人を憎んだり、傷つけるようになってしまいます。それらは罪によってなされるものです。従いまして、神さまとの関係が崩れ、罪にある状態では自分自身の生き方を喜ぶことが出来ず、隣人との関係も喜べないものになってしまいます。私たちの人間の本質の根底には罪があるのです。しかし、罪は悔い改めて自分自身で反省して、もう罪を犯しませんと誓っても罪がなくなる訳ではなく、また悔い改めは神さまとの関係を修復するのですから、自分の都合だけで出来ることでは有りません。神さまからの「罪の赦し」がなければ私たちは罪のままであります。私たちは罪の赦しがなければ、私たちの本籍地のある神の国へ帰ることができませんし、朽ちることのない新たな体、永遠の命を与えられません。本日の直前の箇所に記された事でありますが、主イエスはカファルナウムの家で教えておられた時、屋根からつり下げられて降ろされた「体の麻痺した人」の罪を赦されました。その事を通して主イエスの中心的な使命が人の「罪の赦し」であることを明らかにされました。その罪の赦しが御国に入れられ、朽ちない身体、永遠の命を与えられるという約束でもあります。ところで、主イエスが「体の麻痺した人」の罪を赦すとおっしゃった言葉を聞き、ファリサイ派の人等が「神おひとりのほかに、誰が罪を赦すことができるのだろうか」と言い、彼らは、主イエスは神ではなく、神を冒涜していると断定しました。これに対し、主イエスは「体の麻痺した人」を癒やすという奇蹟を通して、罪の赦しの権威をお持ちであることを示されました。

本日は、そのような出来事に続く箇所で、主イエスが罪人を招く意味や、どの様な考えで罪人との交わられたのか、そして主イエスと罪人との関係を巡ってのファリサイ派との論争がなされます。

主イエスはガリラヤ湖畔のカファルナウムにある家で、「体の麻痺した人」を癒し、罪人の罪を赦す権威を持っておられることを示すと、人々は驚愕して褒め讃えました。その後、再び主イエスはガリラヤ湖のほとりに出て行かれました。ガリラヤ湖はマルコによる福音書では繰り返し登場する場所です。ガリラヤは辺境の地ですが、マルコによる福音書にとって、福音開始の地であり、福音を指し示すシンボルでもあります。また、そこはシモンとアンデレの兄弟、ゼベタイの子ヤコブとその兄弟であるヨハネの4人の漁師を弟子とした場所です。更に、十字架につけられて葬られた主イエスが復活され、ひと足先に帰られて、弟子たちが帰って来るのをお待ちになった場所です。

そのガリラヤ湖の湖畔で主イエスは集まってきた群衆に教えられました。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われました。レビは立ち上がって主イエスに従いました。そしてレビは12弟子の1人となったのであります。

レビが弟子となった経緯は「わたしに従いなさい」という主イエスの召しの一言があり、それに従ったとしかマルコは伝えていません、ガリラヤ湖の漁師であったシモン、アンデレ、ヤコブそしてヨハネの場合も全く同じで、それ以外のことは書かれておりません。この様にマルコによる福音書は主イエスが弟子を選んだ理由、そして弟子たちが何を思い、何を考えて、仕事を捨ててまで主イエスに従ったのか、その理由について全く語っていません。マルコは主イエスに招かれれば、従うのが当然であり、理由など必要なく、辞退することなど有り得ないと考えているように思えます。また、マルコによる福音書で主イエスが弟子を選ぶ場面はこの5人について書かれているだけで、他の弟子の選びについて何も書かいていません。

5人目の弟子となったレビは収税所で働いていました。収税所というのは税金を徴収する場所ですが、現代における税務署とは全く異なるものです。従いまして、徴税人という職業も税務署の職員とは全く違います。現在、日本におけるにおける税金は税務署によって国民や市民から集められています。また税金には非常に多くの種類がありますが、様々な形で国民あるいは市民から集められた税金は日本社会全体を支える資金となります。税金は、主に私たちが生活するうえで必要な様々な「公共サービス」などに使われています。私たちが無料、もしくは安い料金で使うことができる公共サービスは、私たちが納めた税金で運営されています。代表的なものとして、福祉、医療、治安の維持、災害の防止や救助、交通など多岐に渡ります。納税者の一人として、税金を無駄にせず、正しく適切に使ってもらいたいと願います。一方、聖書に登場する徴税人が集める税金は全く違う性質のものです。それはユダヤを支配しているローマ帝国の為に用いられるものでした。ユダヤの民の為に用いられるものではなく、自分たちを征服し苦しめている外国の支配者のためにお金が徴収されている訳ですから、ユダヤの民にとっては苦々しい事です。また、その税金をローマ帝国は直接自分たちで集めるのではなく、支配地の人間にさせます。ユダヤ地方であればユダヤ人の中から税金を取り立てる徴税人を選びます。徴税人がローマ帝国に納める金額は契約で決まっており、過剰に集めた分は全て自分のものになります。集めれば集めるほど自分の懐が豊かになります。逆に決められた額を集めることができなければ徴税人自身が不足分を補填しなくては成りません。そのために徴税人はローマ帝国を後ろ盾にし、税金を支払わない者がいればローマの役人に差し出したり、手荒なこともしていたようです。ですからユダヤの民は徴税人に過剰な税金を払わされ、搾取されていたのです。従いまして、神の民であるユダヤ人であるにも関わらず異邦人の、しかも敵であるローマ帝国の手先の徴税人となって、同胞から多額の税金を取り立てているのですから、徴税人は神さまにも同胞に対しても裏切り者であり、さらに私腹を肥やして富も築いておりますので、ユダヤ社会では罪人として忌み嫌われていました。そのため、神の民であるユダヤ人でありますが、神さまに従うのではなく金銭に従っており、同胞からは全く相手にされず、共同体から弾き出されて生活を送っていました。そのような、徴税人であるレビを主イエスは弟子として選ばれました。レビが主イエスのもとに行ったのではなく、主イエスがレビのもとに来られて、収税所に座っているレビをじっと見て「わたしに従いなさい」と言われたのです。そして、直ぐにレビは全身罪の中に浸かりきった状態から起き上がり、主イエスに従ったのです。レビの人生は一変し、罪を拭い去られレビ自身が全く新しい人間とされたのであります。悔い改めさせられたのであります。それは恵みであります。私は全ての人が主イエスの眼差しを受け、招かれていると信じています。しかし、多くの人はその招きに気付かず、また気付いても、応答しないのです。私たちの出来る伝道は、イエスさまがあなたを招いておられますよ、とお知らせし、そして神の国を目指してイエスさまの後を私たちと一緒に歩みませんか、とお誘いすることかと思います。その誘いに応えてくれる人は少ないかも知れません。家族ですらなかなか応えてくれないのです。私たちにできることは、私たちの働きを神さまが用いてくださることを信じて、愚直にイエス・キリストはこのような方であると多くの人に紹介し、祈ることだけです。

ところで、なぜレビが弟子に召し出されたのか、また他の弟子たちも、なぜ召命されたのか、何か特別に条件を満たすものがあったのか、そしてどの様な思いで、どの様な考えで主イエスに従ったのか、全て不明であります。福音書の読者は誰もがそのことを知りたいと思うのです。主イエスが弟子を召命する根拠、弟子たちの心の動きや心境を福音書の読者である私たちは自分の信仰の歩みの参考にできないものかと、考えようとするのではないかと思います。しかし、神さまは人間の側の事情にあわせること、人の好みや願望に忖度することは全くありません。また、条件を満たせば弟子として召命されるものでもありません。少なくとも、徴税人のレビは、主イエスに呼びかけられて、それに応えることが無ければ、人々に敵意を持たれたままで、罪の支配から抜け出すことができなかったということは確かです。また罪は罪の大小や重い軽いで比較できるものでは無いと思います。罪は有るか無いかであると思います。繰り返して申しますが、そして罪のない人は居ないと思います。私たちの本質の根底には罪があります。罪があると、神さまとの関係が崩れ、罪にある状態では自分自身の生き方を喜ぶことが出来ず、隣人との関係も喜べないものに成ってしまいます。そして何よりも神の国で朽ちない身体、永遠の命を与えられないのです。しかし、罪がある状態から人は自分の力では立ち上がることはできません。主イエスが来てくださり、「わたしに従いなさい」と声をかけて下さることによって、人は立ちあがり、罪の赦しを受けることができるのです。主イエスは高みから自分で精進して悔い改めここまで登ってきたら罪を赦そうといわれるのではなく、罪を赦すために、主イエス自らこの世界に下ってこられたのです。

時々、人格においても行いにおいても、心から尊敬したくなるキリスト者がいます。その様な人に出会ったとき、キリストの愛を感じさえします。その様な人たちは、自分の罪を赦されたことを感じ、心より神さまに感謝し、イエス・キリストを信頼しきって、喜んで主の御跡に従って人生を歩んでいるのだと思います。その様な人であるので、他の人に、人格の良さや優しさや愛を感じさせるのだと思います。それは主の招きを受け、それに応え、罪を赦されて、悔い改めさせられて、神さまにその様な人に変えられたのであり、決して努力して良い人を演じているのではなく、全くの自然の姿であると思います。良い人であるから罪を赦されたのではなく、罪の赦しが先にあるのです。この世の歩みにおいてその様な歩みができれば良いのですが、私は常に肉の思いに惑わされてしまいます。

レビの場合も同様であり、主イエスの方からレビに近づいて招きの言葉をかけられたという行為は罪の赦しの行為です。そして、この時、主イエスは神さまと罪人との境界線を打ち砕かれました。その招きに応えて徴税人のレビは自分の徴税人としての役職や利権を清算し、新たな人となって、主に従う歩みを始めたのです。そしてレビは、その喜びと感謝を表すためなのかどうか明確な理由は分かりませんが、宴会を開きました。その宴会には主イエスと弟子たち、徴税人の仲間たちや罪人と呼ばれる人など、多くの人が集まっていました。その中にファリサイ派の律法学者もいました。

ところで、礼拝に説教と聖餐があるように、主イエスは語るだけでなく、食べることも重要視されました。また食べることにおいて互いの会話や交わりがあります。ここでは徴税人のレビが主イエスの召命に従ったことによってこの食事の交わりの会が行われました。礼拝における聖餐式はマタイによる福音書26章やヨハネによる福音書13章に記されている最後の晩餐に由来しているとされていますが、それだけでなく、ここで記されている主イエスや徴税人、罪人、また弟子たちによる食事会に聖餐の原型があったのではないかとも言われています。神学的な議論としては意見が分かれています。しかし、少なくとも愛餐会の原型であると言えます。初代教会の時代より、教会では聖餐の他に、共に食事をする愛餐会があり、それはキリスト教会で互いの交わりを深め、教会が一つになるための信仰的な働きの一つでもあります。現代でも愛餐会は多くの教会において教会の働きの一つとして大切なものとされています。

しかし、今日の聖書箇所では、主イエスが共におられる豊かな食卓をファリサイ派の律法学者が批判します。ファリサイ派は律法に厳格で、それを徹底して守ろうとしたグループです。使徒パウロもかつてはファリサイ派に属していました。主イエスが地上で活動された1世紀初期においるユダヤ教には、ファリサイ派以外に、サドカイ派、クムラン教団、熱心党など多様な党派がありましたが、その中でもファリサイ派はユダヤの民の指導的な役割を果たしていました。会堂や学校で人々に律法を教え、律法で民を従わせようとしました。律法の遵守に厳格だったファリサイ派は、一般大衆を「地の民(アム・ハ・アレツ)」と呼んで、軽蔑していました。特に、徴税人や遊女などに対して、ファリサイ派は「罪人」というレッテルを貼って忌み嫌っておりました。「地の民」や「罪人」という言い方は差別的な表現であります。

ところで、聖書の時代には、差別を受ける人が多くおり、その事が聖書にしばしば書かれています。ですからその表現のために差別的な語彙が用いられます。読者である私たちは、その語彙に注目するのではなく、差別されている人に対し聖書はどの様に関わろうとしているのかに注目すべきであり、その言葉が如何なる文脈で用いられているのかが大切なことであります。しかし、明らかな誤訳や現代社会で使わなくなった差別用語をわざわざ使うという事は間違いであると思います。差別は差別される側の目にはハッキリ見えるのですが、差別する側の目には見えないと言われています。そして、差別はする側、される側の双方に大きな痛みを与え後遺症を残します。教会においても、慎重に言葉を用いるべきであると思いますが、行き過ぎた配慮によって、伝えるべきことが伝わらなくなることは避けねばならないと思います。

16節に話を戻します。ファリサイ派の律法学者は、主イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と非難しました。ファリサイというのは分離するという意味があります、ファリサイ派は律法を厳格に守ることで、自分たちは一般大衆である「地の民」とは分離されたものとして、神さまの前で特別に正しい者として生きていると自尊していました。彼らにとって主イエスが徴税人レビの家で大勢の徴税人や罪人たちと食事を共にする行為など論外のことでした。なぜなら、食事を共にするというのは親しい交わりであり、仲間であることを表します。従って、主イエスが徴税人や罪人と共に食事をしていることは、主イエスが徴税人や罪人の仲間であるということを意味しているのであります。ファリサイ派や律法学者にとって、自分たちと同様に神の教えを説いている主イエスが徴税人や罪人の仲間であることは、神や自分たちをも冒涜しており、許しがたいことと思えたのです。ファリサイ派にとって律法を守るということはあらゆる不浄なものから自らを清く保とうとすることであり、それがファリサイ派の信仰の目標の一つでした。ですからファリサイ派の律法の理解を物差しとすれば主イエスの行動は許しがたいもかも知れません。しかし、主イエスは、ファリサイ派が監視しようが、他の人がどの様に思おうが、全く気に留めませんでした。主イエスも弟子たちも、共に食事をすることでレビをはじめとする徴税人や罪人たちとの交わりを深めていったのであります。

そして、主イエスは「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」というファリサイ派の非難を聞いて言われました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と痛烈な皮肉を込めて答えられました。ご自身を医者に、罪を病気に譬えておられます。徴税人は律法を無視し、ローマ帝国の後ろ盾を笠に着て、同胞から多額の税金をむしり取る拝金主義者であり、罪人の中の罪人であることを自覚している者たちでした。主イエスはその様な人たちの病である罪を癒すために来たのであると言われます。そして「わたしに従いなさい」という招きの言葉が、罪人の罪という病気の治療方法であるのです。自分自身を正しい者であると自己認識している人のためでなく、罪を犯し、苦しんでおり、癒しや回復を必要とする人たちを招くことがご自身の使命であると言われているのです。どこに招くかと言いますと、それは神の国であります。キリスト者、教会に来ている方、それぞれ一人一人がその招きに預かっているのであります。そして、主イエスは罪人を招き、罪を赦し、人を罪から自由にするために来られたことを憚りなく(はばかりなく)宣言されるのでありますが、そのために律法学者たちから非難され、神を冒涜するものとして、最終的に十字架につけられるのであります。従いまして、「罪人を招く」(2.17)ということは、全く革新的なことでありますが、それは言うまでもありませんが無条件で安易な招きではなく、十字架による大きな犠牲を伴う恵み深い招きであります。ここにいる私たち全員が、その救いに招かれているのであります。全ての人がその招きに応えて下さることを心より祈ります。

祈りましょう。
 主イエス・キリストの父なる神さま
今朝も私たちをこの会堂へと呼び集めてくださいましたことを感謝いたします。
今日もあなたは真実な御言葉をもって私たちに語りかけてくださったことを心より感謝いたします。そして、今あらためて、あなたは真実な方であり、全ての罪人である人間を招き、罪を赦される方であることを確信しました。
主なる神さま、私たちはあなたから多くの恵みを頂き、生かされています。しかし、生きていることを当たり前のように、自分の力であるかのように振る舞っています。また、私たちはあなたから、共に生きる人たちと、多くの交わりを与えられています。しかし、それを自分たちで得たかのように思ってしまいます。そのために、与えて頂いたものを大切にせず、不平をいだき、粗末にしてしまいます。あなたを見失い、自分自身と隣人とを大切にできない私たちをどうか憐れんで下さい。あなたへと心を向け、あなたの恵みに心を開いて従い、感謝をささげることができますように。どうか、ここにいる私たち全てが、罪赦され、御国において、新たな永遠の命、朽ちない身体が約束されているという恵みを覚えて、イエス・キリストに従って、神を愛し、隣人を愛し、神に仕え、隣人に仕えて、この世を歩む事ができますように。
この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお献げいたします。アーメン。

2022年7月3日日曜日

7月3日(聖霊降臨節第5主日) 聖書:マルコによる福音書1:1−8 説教:「イエス・キリストの福音の初め」説教

7月3日(聖霊降臨節第5主日)
聖書:マルコによる福音書1:1−8
説教:「イエス・キリストの福音の初め」(浅尾勝哉)
讃美歌:8、191、66、541


本日は、マルコによる福音書の1章1節から8節より共に神さまの言葉をお聞きしましょう。

 福音とはギリシャ語でεὐαγγέλιον(エヴァンゲリオン)で、「良い知らせ」という意味になります。英語でではGood news(グッドニュース)と言います。もともとは、王に世継ぎが生まれたとか、戦争に勝利したなど、国を挙げて喜び祝うような出来事の知らせの事であります。キリスト教会においてはイエス・キリストがなぜ福音となるのか少し考えてみたいと思います。イエス・キリストの十字架と復活によって罪人である私たち人間の罪が赦され、神の民として新しく生きることができるようになる、それがキリスト教会における福音であります。したがいまして、マルコが捉える福音は主イエスの語った言葉や教えだけでなく、主イエスの十字架と復活によって成された罪からの救いの出来事に重心をおいています。マルコによる福音書を通読すればよく分かるのですが、主イエスの生涯の最後の1週間、つまり受難と十字架の死そして復活の出来事に、この福音書全体の3分の1を費やして語っています。それはマルコによる福音書だけでなく、他の3つの福音書においても主イエスの十字架の死と復活に最も重点を置き語っているといえます。それが主イエスの生涯の中心であり、そこに集約されているからです。私たちがイエス・キリストの福音を信じるとは主イエスの教えや言葉に耳を傾けてそれを味わい人生の教訓にするとか、この世における弱者と共に歩んで殉教された主イエスの生き方に倣って生きるという事ではありません。結果としてその様な生き方していたということはあるかも知れませんが、それは目標には成り得ないと思います。主イエスの地上での生涯は十字架の死と復活のためにありました。それによって罪人である私たちを赦し、救いの恵みを与えて下さった神さまのご支配がこの地上の全てに及んでいることを信じて、主イエスを救い主、すなわちキリストと信じ、今も生きて働いておられるイエス・キリストと共に生きることが、イエス・キリストを信じて生きることになるのだと思います。その様な生き方をする人は、先程申しましたように、結果として御言葉に聞き従い主イエスに倣った生き方をしても不思議ではないと思います。これらのことを踏まえて、キリスト教会は「イエス・キリストによって全ての国々に救いがもたらされたという知らせ」、それこそが、この世界における最大の喜びであると考え、キリストの救いを「福音」として宣べ伝えてきたと言えるのではないでしょうか。そして、イエス・キリストの生涯を歴史の中で起こった素晴らしい出来事であったという物語を伝えることだけで終わらせるのではなく、信じる者たちが、神の救いの業を全世界に、世代を超えて伝えさせるために福音書が生まれたと言えると思います。

マルコによる福音書は「神の子イエス・キリストの福音の初め」という言葉で始まります。この言葉はこの福音書の表題であるといえます。そして、この言葉は主イエスの福音宣教から語り始めることを宣言しています。まず、最初にマルコは福音書で伝えようとしているのは主イエスこそ「救い主」(キリスト)であることを明確にするために「神の子」であると言い表しています。これは初代教会のキリスト者たちの信仰告白でした。パウロはローマの信徒への手紙の挨拶のところに「御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです」(ロマ1.3–4)と書いており、これは当時の信仰告白文であります。これは神さまがナザレのイエスという人間としてこの世界に直接入って来られたことを告白しているのであります。また、イエス・キリストという言い方そのものが信仰告白であります。「イエス」という名前はギリシャ語ですが、ヘブライ語では「ヨシュア」といいます。ユダヤ人の男性に多い名前で「主は救い」という意味を持ちます。「キリスト」というのは苗字ではなく、「救い主」という意味であり、ヘブライ語では「メシア」という言い方をします。「油注がれた者」という意味があり、神さまから任命された「救い主」を表します。したがいまして、この信仰告白は、繰り返しになりますが、神さまが主イエスを救い主としてこの世に遣わしてくださり、十字架と復活によって罪人に赦しを与えて下さったという信仰告白であります。そして、マルコはこの主イエスこそ「救い主」であることを明確にするために「神の子」という言葉を用いているのであります。なお、この「神の子」という言い方は、神さまと同じ本質であり、真の神である方であるということであります。その神の子が私たちと同じ人間となってこの世界に来て下さったのであり、それが主イエスであります。

また、マルコは「福音の初め」という言い方をしています。これはこの後に記しています「洗礼者ヨハネの登場」、「主イエスの洗礼」、「主イエスの荒野の試練」、これら3つのことを指しています。この3つのことが「福音の初め」であり、主イエスの公生涯の準備であると宣言しているのです。本日の箇所は洗礼者ヨハネの宣教について語っています。

洗礼者ヨハネは主イエスの活動の前に、主の働きの備えをするために遣わされた者であり、主の道を整え、その道筋を真っ直ぐにするという、準備の役割を担った預言者でした。イエス・キリストがこの世に来られた出来事は2000年前に突然のことでも偶然のことでもありません。キリスト教の歴史は創造から始まって、終末の完成に向かって進んでいます。神さまの救いの歴史は神さまの計画によるものであり、イエス・キリストがこの世の歴史に入ってこられ、その救いの御業は歴史の頂点であるといえます。それ以前の旧約の時代は救い主が来られる前の準備の時であります。その歴史もまた神さまの救いの歴史であります。旧約聖書の多くの預言者たちは、神の言葉を人々に伝え、悔い改めて神さまへ立ち帰るようにと、神さまの御心を預言していたのであります。マルコによる福音書の1章の2節3節はその旧約聖書の預言者の言葉を用いて、預言者たちが「荒れ野で叫ぶ者の声がする」と預言した通りに洗礼者ヨハネが登場したのでありました。これも神の子イエス・キリストを遣わして救いを実現する神さまのご計画の一環であるのです。

洗礼者ヨハネは「荒れ野」に住み、「らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていました」これは旧約聖書に登場する預言者エリヤを彷彿させる姿でした。旧約聖書の預言通り荒れ野に登場したヨハネは「罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えました」(1.4)。「罪」とは神さまとの関係が損なわれた状態であり、悔い改めるとは神さまと本来あるべき正しい関係に戻ることで、心の方向を神さまの方へと向けることで、神さまの軌道から外れて逸脱してしまった人間を本来の軌道に戻すことであります。

この洗礼者ヨハネによる呼びかけに多くの人たちが心を揺り動かされ「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた」と5節にあります。全地方とエルサレムの住民は皆というのはかなり誇張されていると思いますが、それ程多くの人が荒れ野から聞こえてくる洗礼者ヨハネのメッセージに衝撃を受けたのでした。そして、ヨハネのもとに次々とやって来てヨルダン川で洗礼を受けました。洗礼という儀式は洗礼者ヨハネが独自に始めたものでは有りません。ユダヤ教では神さまのみ前に出る際に水で全身を清めるという儀式がありました。主イエスの時代においても世俗を離れ、死海のほとりで修道生活をおくっていたクムランという教団がありましたが、彼らは水に浸かり全身を絶えず清めていました。また、キリスト教のように、異邦人が異なった宗教からユダヤ教に改宗し、入信する際に洗礼を授けていたようです。しかし、洗礼者ヨハネは異邦人にではなく、神の民であるユダヤ人に対しても悔い改めて洗礼を受けないと救われないと教えました。それはユダヤ人も異邦人と同様に罪人であるということです。異邦人が悔い改めて洗礼を受けることによって罪赦され救いにあずかるようにユダヤ人も悔い改めて罪の赦しを与えられなければ救いにあずかることが出来ないとヨハネは宣言し、悔い改めて罪の赦しにあずかる救いの印として洗礼を授けていました。多くのユダヤの民がヨハネから洗礼を受けたということは、ヨハネの言葉に耳を傾け、自分たちは異邦人や異教徒とは違い神さまに選ばれた民であると驕り高ぶっている者たちであることを自覚し、自分たちは神さまに赦して頂かなければ救われない罪人であるということを認めることができたのだと思います。

このように洗礼者ヨハネの促しによって多くのユダヤの人々の間で悔い改めが起こりました。それがイエス・キリストの福音の初め、言い換えますとイエス・キリストの救いの出来事の「初め」になったのであるとマルコは述べています。したがいまして、悔い改めはイエス・キリストによる救いの前提として悔い改めが必要であるということです。そして、ヨハネは「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる」と教えました。

洗礼者ヨハネの授ける水による洗礼と主イエスの聖霊による洗礼とは違うとヨハネは言います。どの様に違うのか少し考えてみたいと思います。聖霊による洗礼は、ペンテコステに聖霊が降り、そして誕生した教会において弟子たちが授けていった洗礼です。ヨハネの洗礼は「罪の赦しを得させるための悔い改めの洗礼」です。まず、勘違いしてはならないこととして、ヨハネの洗礼は悔い改めの洗礼でしたが、主イエスの洗礼は悔い改め無しに罪の赦しを与える洗礼では無いということです。主イエスは「悔い改めて福音を信じなさい」と語られております。主イエスにおける聖霊による洗礼においても、神さまから目を逸らせ、背を向けている罪の状態から、神さまの方へと向き直し、立ち帰ること無しに救いを得えることは出来ません。

それでは洗礼者ヨハネによる水の洗礼と主イエスの聖霊による洗礼の違いですが、
 1番目として、洗礼者ヨハネによる洗礼は水に浸かるという形式的な印と言えますが、主イエスの授ける洗礼は聖霊による実際に神さまの働きがある洗礼です。
 2番目として、洗礼者ヨハネの洗礼は悔い改め或いは回心を決心した人に印として授けられるもので、洗礼自体に何か特別な効力がある訳ではありません。これに対して主イエスの洗礼は聖霊が実際に与えられ、実質的に人を聖化し始め、罪の赦しを実現するためのものです(使1.5、2.38、8.16、19.1−7)。また、この世にあって主イエスの聖霊による洗礼は、主イエスとともに人を一度葬り、主イエスと共に新しい命へと復活させるものであります(ロマ6.4、コロ2.12)。
 3番目として、洗礼者ヨハネの洗礼は回心して神さまに立ち帰ることの印ですが、主イエスの洗礼は、より具体的に「父、子、聖霊の名前の中へ」人々を実際に導き入れるのであります(マタ28.19)。そして、洗礼者ヨハネは悔い改めを求めることが出来ましたが、神さまでは有りませんのでヨハネには罪を赦すことや永遠の命を保証することはできませんでした。また、悔い改めを呼びかけることはできましたが、人間を悔い改めさせることはできなかったのであります。主イエスの聖霊による洗礼は、人を悔い改めさせ、罪を赦し、永遠の命を保証するのであります。

洗礼者ヨハネの預言者としての使命は主イエスの前に遣わされ、主イエスの働きの備えをする使者として主の道を整え、その道筋を真っ直ぐにするという、準備をすることでした。その準備というのは、ユダヤの民に悔い改めを求めることでした。ユダヤの民は神さまに選ばれた民としての自尊心や誇り、また優越感を完全に否定され、これまで見下してきた異邦人の人たちと共に悔い改めて洗礼を受けるように迫られた訳です。しかし、多くの人々が反発するのではなく、洗礼者ヨハネの言葉を聞き入れ、彼のもとに来て罪を告白しました。悔い改めを迫るヨハネの言葉が人々の心の奥深くにある真実の思いを呼び覚まさせたと言えます。悔い改めというのは自分の悪い所を反省して改めるということではありません。キリスト教でいう悔い改めは、神さまのもとに立ち帰ることです。神さまに背き逆らうことを罪と言いますが、無意識のうちに神さまに逆らっていること、神さまを忘れていること、その存在すら知らないことなども、全て罪であります。洗礼者ヨハネはその様な罪を悔い改めて回心し、神さまに立ち帰り、神さまとの関係を本来あるべき姿に戻されることを望んだのです。洗礼者ヨハネの預言者としての役目はここまでで、後は主イエスにお任せすることになります。

悔い改めを迫るヨハネの言葉が多くのユダヤの民に受け入れられたのは当時の社会事情が大きく影響していたのだと思います。当時のユダヤはローマ帝国の支配下におかれていました。神に選ばれた民でありながら独立国家を持つことが出来ず、ローマ帝国に多くの税金を払っているのも関わらず、ローマの許可なしに何も出来ない状況でした。ローマの圧倒的な支配下で押えつけられている状態でした。そのような閉塞状態を打ち破り希望を持ちたいという思いが強かったのです。そのような時に旧約聖書の預言者エリヤを思わせる洗礼者ヨハネが登場し、そのヨハネに希望を託そうとしたのです。彼らは知っていたはずです。国の衰退は神さまに対する罪であり、悔い改めが出来なかったことであるということを。バビロン捕囚も神さまに背き、偶像礼拝に走り、神さまから遣わされた預言者の言葉を再三無視してきたことを、思い出したのではなく、思い出さされ、気付かさられ、悔い改めたのではなく、実際は悔い改めさせられたのだと思います。

人間は罪を自分で自覚し、自分の意志で悔い改めることや回心することは出来ません。使徒パウロは、自分自身で回心したのではなく、復活の主に打たれて回心させられました。また、ルカ15章の「見失った羊」の喩えを皆さんご存知だと思います。「あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」という譬え話です。この見失った1匹の羊は罪人をたとえています。羊飼いはイエスさまのことです。この迷子になった羊は自分から羊飼いを捜して見つけて帰ってきたのではありません。羊飼いが捜し回って、やっと見つけたのであります。苦労して捜し当てて連れ帰ることが出来たから羊飼いは喜んだのであります。罪人も同じで自分から主イエスを捜し当てて悔い改めて救われるのではありません。主イエスが捜し回ってやっとの思いで見つけて教会へと導いて、悔い改めさせて、洗礼を授けられたのであります。これは現代のキリスト教会においても同じことであります。悔い改めも、洗礼も、罪の赦しも、イエス・キリストからの働きかけがないとなわないことです。一人の人が教会へ導かれ、洗礼を受けて信仰を与えられるという事は非常に尊いことであります。私たちに出来る事は洗礼者ヨハネのように主イエスとはことのような方ですと福音を宣べつたえることです。そして人を主イエスのもとに招くことであります。更に、人が、そしてまた自分自身が罪を告白し、悔い改めることができるように熱心に祈ることであります。

近年、新型コロナウイルス感染症が世界中をパニックに陥れていました。この事により、これまで隠されていた社会の脆弱さや愚かさ、人間の持つ醜さが吹き出してきました。逆に新たな価値観や生活スタイルも生まれつつあります。何れにしても、世の中が大きく変革している今のこの時、大切なことであるにも関わらず、人間が忘れてしまっていることや、新たに見出さなければならないことがあるのではないかと思います。その中で最も重要なことは信仰であり、神さまとの本来あるべき関係であると私は思います。一人でも多くの人がイエス・キリストのもとへ導かれるように願い祈ることと共に、ヨハネのように、この世の荒れ野で声を上げ、神の国へ続く道筋を整える働きが出来るように願います。その前に、まず、私たちにとって福音伝道に最も大切なことは、イエス・キリストを全く曇りなく、トコトン信頼し切って、主イエスに何処までも付き従うことであります。

祈りましょう
 主イエス・キリストの父なる神さま、あなたの御名を賛美致します。
 父、子、聖霊の三位一体の神さま、あなたはこの世界と歴史の全てのものに臨んで下さいます。創造から終末に至るまでの時代において、いつも私たちを見守り、共に歩み、あなたの御国を指し示し導いてくださることを感謝いたします。
 あなたは天地を創造し、私たちに命を与えて下さいました。あなたはイエス・キリストの十字架と復活によって、救いの道を開いて下さいました。そしてあなたは、聖霊の御力によって私たちを新たに生まれ変わらせ、私たちを導いてくださいましたことを感謝致します。
 イエス・キリストの十字架と復活によって人間の救いの道が開かれ、神の国へ通じる道が開通しました。どうかこの教会の全ての者がその道を突き進むことが出来ますように。
 この祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお献げ致します。アーメン。

2022年6月26日日曜日

6月26日(聖霊降臨節第4主日) 聖書:ルカによる福音書6.1–11 説教題:「安息日の主」説教

6月26日(聖霊降臨節第4主日)
聖書:ルカによる福音書6.1–11
説教題:「安息日の主」浅尾勝哉
讃美歌:4、(21)57、166、541

今朝は、ルカによる福音書6章1から11節より、神さまの言葉を共にお聞きしましょう。

本日の聖書箇所には安息日という言葉が何度も出てきました。先ほど、共にお聞きしましたルカによる福音書6章1から11節に6回記されています。本日のお話のキーワードは安息日であります。安息日はイスラエルの民の生活に密着した制度であります。安息日はユダヤ教の暦の中で、最も大切な日であるといえます。安息日の掟を遵守することはモーセの十戒で命じられています。安息日の掟につきましては、出エジプト記20章8から11節、あるいは申命記5章12–15節に記されております。

『出エジプト記』20章では、父なる神さまが天地創造において7日目に休まれて、この日を祝福し聖であると宣言したために、安息日を覚えて聖なる日とし、労働してはいけないことを教えています。また『申命記』5章では、父なる神さまがユダヤの民をエジプトの奴隷の状態から解放したことを記念して、全てのものに休養を与えるために安息日を覚えて聖別し、その日に労働してはならないことを教えています。このように、安息日は、神さまが天地を創造したことを覚えるとともに、神さまがユダヤの民が異国のエジプトで奴隷とされ歴史より消し去られることから救って下さったこと、そして神さまがユダヤの民を神の民として下さったことを覚える記念日であるのです。安息日はバビロン捕囚期以後、ユダヤの会堂であるシナゴーグに集まって、神さまを礼拝する日となりました。

ユダヤ教の安息日は、週の7日目、毎週の金曜の夕方から土曜日の夕方まであります。なお、キリスト教では週の初めの日曜日を安息日として神さまを礼拝します。「イエス・キリストの復活」「復活したキリストが弟子たちに現れた日」「聖霊降臨」が起こった日は、いずれも「週の初めの日」すなわち日曜日であります。このため、キリストの復活を記念し、復活の日である日曜日を「主日」、「主の日」や「聖日」と呼び、安息日として礼拝を行うようになりました。主の日に神さまを礼拝することが目的であるということにおいて、ユダヤの安息日と同じであると言えます。

しかし、この聖書の時代において、その安息日の律法の本来の目的が忘れられ、次第に神さまへの礼拝よりも、仕事をしないと言うことに重きを置かれるようになりました。1世紀末のユダヤ教では安息日の禁止規定は39ありました。さらに、それぞれに39の細則がありましたので、150もの禁止事項が定められていました。当時のユダヤ社会の中心的な勢力をなしていたファリサイ派の人々はそれに疑問を持たず、逆にそれを律法の本質を考えず、文字通りに只守ることが神さまの御心に適い、喜ばれることだと考えるようになっていました。所謂律法主義に陥っていました。そうなってきますと、安息日の本来の意義が失われることとなり、それは神さまの御心をないがしろにされているといえます。

ところで、本日の聖書箇所はルカによる福音書6章ですがそれ以前においても、主イエスは、安息日に仕事をされていることが書かれております。4章39節で、シモン・ペトロの姑の高熱を癒やされています。しかし、この時点では問題になりませんでした。ところが、5章で、中風の人を癒やした際の「人よ、あなたの罪は赦れた」という発言や、また罪人とされる徴税人レビを弟子に選び、さらにレビやその徴税人仲間たちと食事をした時から、主イエスの言動がファリサイ派の人々の琴線に触れて、マークされるようになりました。そして、6章より主イエスは、安息日の本来の精神を取り戻すために、ファリサイ派の人たちや律法学者たちと論争を行うようになりました。

本日の聖書箇所である6章1から11節は安息日の2つのエピソードを記しています。まず、1つ目のエピソードですが、それは安息日に弟子たちが麦の穂を摘んで食べるというものです。1節に「ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは麦の穂を摘み、手でもんで食べた。」とあります。

ガリラヤ湖畔で開始された主イエスの宣教開始の初期は「ガリラヤの春」と一般に呼ばれ、行く所行くところで歓迎され、いつも多くの人に取り囲まれ、不眠不休の忙しさで、町や村を訪ねて御言葉を語り、病める人を癒やし、多くの人に平安と癒やし、励ましを与えていました。その様な状況でありますから、主イエスも弟子たちも疲れて、空腹でありました。空腹を紛らわすために、弟子たちは麦の穂を摘んで殻を剥ぎ、麦の実を食べたのでした。

そのことに対して、2節ですが、ファリサイ派の人等は「なぜ、安息日にしてはならないことを、あなたたちはするのか」と言います。これは、主イエスの弟子たちが、他人の畑で盗みを働いたと咎めているわけではありません。他人の畑で麦を取って食べることは律法で許されていました。申命記23章26節に「隣人の麦畑に入るときは、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない。」と書かれております。麦を手で摘んで食べるのは良いとされています。ただ、鎌で刈り取って持ち帰るのは犯罪になったようです。この律法は貧しく空腹な人を助けると言う人道的なものです。ただ問題なのは、それが安息日に行われたということです。安息日を厳守するファリサイ派の目から見れば、弟子たちのとった行為は安息日の規定に違反していることになります。弟子たちが「麦の穂を摘み、手でもんで食べた」という行動が律法違反だというのです。麦の穂を摘んだことは安息日に収穫の禁止を犯し、手で揉むことで脱穀の罪を犯し、殻をはぐことで篩かけの罪を犯し、それを食べたことは安息日に食事の用意をした罪になる、というものです。ファリサイ派の人たちの考えでは、麦を一口食べただけで、安息日に関わる4つの違反をしたことになります。現代の私たちからすると非常に滑稽に思えますが、ファリサイ派の人たちはこれを真面目に守ろうと努めていました。そして、それに違反する者は律法に反するとして処罰されました。

ただ、ファリサイ派の熱心さは、何でもかんでも、一概に否定はできませんが、時々その熱心さは自己絶対化され、本来の意味が見失われていくことに繋がります。なぜなら、自己絶対化された人は、福音の持つ許しと恵みを見失ってしまうからです。今日の私たちにも同じことが言えます。自己を絶対化する時、人は神の恵みを覚えることができません。現にファリサイ派の人たちは安息日を文字通に熱心に守ろうとするとで、その本来の意味を受け取る柔軟な心を閉ざしています。

弟子に向けられたファリサイ派からの質問に対し、3節と4節で、逆に主イエスはサムエル記上21:1−6に記されたダビデ王のエピソードを挙げて質問を投げ返します。主イエスは「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを取って食べ、供の者たちにも与えたではないか」と問いかけられました。

サムエル記上21:1−6に記載された頃のダビデはまだ王ではなく、サウルが王でした。この場面でダビデはサウル王に命を狙われ、数人の従者と共に逃げていました。その時、食べるものもなく空腹で飢えていした。そんな時、ダビデは祭司アヒメレクの所に行き神に捧げられた聖別されたパンを貰って従者と分けて食べました。このダビデの行為は、律法違反であります。祭司だけが聖別されたパンを食べることが許されていたからです(レビ24.9)。しかし、ダビデと従者たちが困窮した状態から助かることは、律法を遵守することよりも優先され、ダビデたちが聖別されたパンを食べたという律法違反を誰もファリサイ派も非難していません。人間にとって必要なことは律法主義に陥らないことです。主イエスがサムエル記上を引用し、ダビデが聖別されたパンを食べたことを示したのは、主イエスと弟子たちもそれと同じ状況だと主張したのであります。ダビデの窮乏した飢えた状態から脱するということは規則に優先しているのだという事を述べる事によって、律法に対する主イエスの考えを明らかにしたのでした。マルコによる福音書2章27節の言葉を借りれば「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない」(マコ2.27)ということを示されたのです。

そして5節で「人の子は安息日の主である」と主イエスは言われました。主イエスは異なった面から正当性を主張します。人の子とは主イエスのことであります。安息日は神さまの定めた制度であります(出20.8–11)。神さまの定めた律法の主であるとは、事実上主イエスご自身が神さまと同格であると述べておられることになります。

なお、主イエスは安息日の律法を廃止しろと語っている訳ではありません。しかし、主イエスは救い主として、その律法はもう無効であると宣言する権威を持つことを示し、自らが「安息日」の主であると宣言されたのです。

ファリサイ派にとって、律法は禁止項目のリストであり、その内容の大半は伝統や習慣からのものであり、それは人間の行動を束縛するものであって、多くの内容が聖書を根拠とするものではありません。ファリサイ派が、律法を守るということは数多くの規則に従うことだ、という考え方に対して、主イエスは、本来律法は人間の生活を守り、安息日は人間を自由ヘと解放する日である、ということを示されました。安息日の律法は、人間を神との交わりの中に導くものであり、人間に与えられた神の恵みの業であるはずです。

そして、主イエスは「人の子は安息日の主である」とご自分のメシアとしての権能を言及しています。ダビデの出来事に言及した直後にこの発言をしたことは、ダビデが律法を無視しても非難されなかったのであるならば、遥かに勝った人の子は、なお一層そう出来るハズであるということを示されているのであります。

次のエピソードは、安息日に右手が萎えて自由に動かすことのできない人を癒す、というものです。そのことが6節7節に「また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた」と記されています。主イエスが会堂で教えておられる時に、その会堂に右手の萎えた人がおり、またその会堂には律法学者とファリサイ派の人たちもいました。既に、主イエスは安息日に麦の穂を摘んでいた弟子たちを律法違反だと非難したファリサイ派の人たちに対し、ご自身が安息日の主であることを表明されています。そのためファリサイ派の人たちは主イエスと弟子たちを警戒し、ここでは主イエスが右手を萎えた人を安息日に癒すかどうかを監視し、もし主イエスがその手を癒せば、律法違反の罪で訴えようと企んでおりました。要するに、ファリサイ派の人たちは、主イエスを訴える口実を見つける為だけに主イエスの傍らにいたのであり、御言葉を聞こうとしていた訳ではありませんでした。

また、ファリサイ派の人たちや律法学者たちは右手の萎えた人の悲しみや苦しみ、不安に思いを馳せることなど全く無く、右手の萎えた人を安息日に主イエスを陥れるための1つの道具として利用し、主イエスが律法違反をすることを願っていたのであります。宗教的指導者が安息日に会堂で礼拝に集中せず、このようなことを考えていたとは、恐ろしいことであります。ファリサイ派の人たちの企みは悪魔的であり、こころを悪魔に明け渡したようにしか思えません。

8節に、「イエスは彼らの考えを見抜いて、手の萎えた人に、『立って、真ん中に出なさい』と言われた。その人は身を起こして立った」とあります。主イエスはファリサイ派の人たちの考えが、彼らの不信仰によるものであると見抜いておられました。そして、主イエスはファリサイ派の人たちの挑戦に、正面から立ち向かいました。主イエスはファリサイ派の人たちが見張りを続けている中、萎えた右手を持つ人に、会堂の席から立ち上がって、人々の真ん中へ進み出て立つように命じました。真ん中は会堂にいる全ての人から見える位置です。この人は社会の片隅で隠れてひっそりと生きていると思われます。更に想像を巡らすと、2000年前のユダヤ人社会では、手が萎えているということは、何らかの罪によると考えられていました。また、この人は手を思うように動かせないので仕事ができません。ですから、誰かの下働きとして使われる、あるいは物乞いをする以外生きる方法がなく、惨めな生活を強いられたと思われます。更に神さまに見捨てられた罪人とみなされ、おそらく、共同体から疎外されていた人であったと想像できます。

続けて9節に「そこで、イエスは『あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。』と問いかけられました。ファリサイ派の人たちは安息日の本来の意味を理解せずに、単に仕事をしないこととだと考えています。人は安息日に仕事をすることが許されていない、それは律法違反だという単純な発想しか持ち合わせていませんでした。そういう理解に立てば、主イエスの癒やしは医療行為であり仕事となり、律法違反となってしまいます。しかし、安息日の主である主イエスによりますと、安息日とは安息を実現する日のことであり、そのためには当然、悪を行うことではなく善いことを、魂を救うことであると言われます。ここで主イエスは、御自分の行おうとしていることを傍観している人々が無関心であることを非難しています。つまり、病気を持つなどの苦難の中にいる人を前にして何もしないでいるのは、悪を行っているのであり、その人を見殺しにしているのだと言われたのです。人は、弱り苦しんでいる人を前にする時、善を行うのか悪を行うのか、その人を助けるのか見捨てるのかのどちらかを行っているのであり、傍観者的な中立の立場はありえないことを主イエスは主張しているのだと思います。すなわち、この場面では、この人を癒やすことは、この人の命を救うことであり、何もしないということであれば殺すということになる、あなたたちはどちらかを選ぶのか、と問われているのです。この右手の萎えた人の切なる願いを愛をもって受けとめず、たとえ悪意が無くても、安息日であるからという理由で、この人を見過ごすのであればこの人の命を殺すことであり、逆に愛をもって受けとめるのであれは、この人を真実に生かすということであります。

「そして、彼ら一同を見回して、その人に、『手を伸ばしなさい』と言われた。言われたようにすると、手は元どおりになった」と10節に記されています。主イエスにとって、右手の萎えた人に対して何もせずそのままにしておくことは、この人を見殺しにすることに等しいとのお考えであります。ですから主イエスは当然の様に癒しの業を行われました。会堂には多くの聴衆がおり、ファリサイ派や律法学者たちが監視する中で主イエスは右手の萎えた人に、その手を伸ばすように命じられました。すると、その手は元通りになりました。手を癒やすことは医療行為であり、それはファリサイ派の人たちにとっては仕事になり、安息日における律法違反となります。

しかし、この主の癒やしは、右手の萎えた人にとって、それは手の回復だけに留まらず、その人の社会生活への回復でもあります。ファリサイ派の人たちは、この人の人格を無視し、主イエスを陥れるための道具の一つとしてしか見ていませんでした。しかし、主はこの人の存在そのものを真に生かす事によって、安息日は人のためにあるという本来の意味を示し、ファリサイ派や律法学者たちが悪用し、誤用していた安息日の律法を真実なものに回復されたのであります。

「ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った」のであります(11節)。この主イエスの癒しの御業は、主イエスによって1人の人間が新しい命へと回復された時であるのですが、同時に宗教指導者たちの激しい怒りと焦りを引き起こし、主を殺す計画が動き始めた時でもあります。

終末に向けて歩みを進めている途上において、何もかも全てがハッピーな訳ではありません。今こうして、会堂に集まり礼拝していていますが、それぞれ一人一人が色んな悩みや重荷、労苦、悲しみをお持ちだと思います。この会堂にも私たちの周囲にも、様々な重荷を負ったまさしく「右手の萎えた人」が多くおられると思います。それが身体であったり、心であったり、経済的なことであったり、外から見て気付かないことの方が多いかも知れません。今の私たちには、それを奇跡の御業によって取り除くことは出来ませんが、隣人の苦しみを傍観せず、互いに配慮し合い、助けあい、祈り合うことは出来ると思います。来るべき終わりの日に向けて希望を持って歩むために励まし合うことは大切なことだと思います。その際に、自分の基準、自分の価値観、自分の思いに依るのではなく、自分を低くして、相手の立場に立ち、神さまの目線に立って、寄り添い、励まし合うことが大切であると思います。

また、多様化し、複雑化した現代社会において、毎週、主の日に礼拝を守ることの出来るキリスト者は非常に恵まれていると思います。心ありながらそれを守れない人、仕事や介護など様々な理由で守れない人がおられます。また、様々な理由で交わりを避けて、礼拝から遠ざかっている人もいるかと思います。礼拝から遠ざかっている人たちに対して、私たちは、主の日至上主義となって、非難し裁くことは当然許されないことです。また、執り成しの祈りをするだけでは、私は不十分だと思います。具体的に何をするか、教会全体で考えるべきことであると思います。その際、複雑な現代社会のあり方も考慮し、一人一人に思いを馳せ、その人にあった方策を立てて、礼拝に招くことを実行すべきだと思います。

右手の萎えた人、それは人生の前途に夢も希望も失っていた人であったと思います。しかしその1人のために、主イエスは安息日の規定を超えて、ファリサイ派や律法学者たちの罠に自ら陥り、危険であることを知りながら、真正面から対決し、彼を真ん中に引き出して手を伸ばしなさいと呼びかけ、新しい命へと押し出されました。その主イエスは様々な重荷や苦難、悲しみを負った私たちにも「手を伸ばしなさい」と呼びかけておられます。それは自らを十字架に架けてまで私たちを愛される主の深い恵みに満ちた呼びかけであり、招きであります。私たちはその招きに応え続けたいと思います。

祈りましょう。
イエス・キリストの父なる神さま
あなたの御名を賛美致します。私たちを主の日の礼拝に招き、天上の兄弟姉妹たちと共に礼拝を捧げることが出来ましたことを心から感謝致します。
安息日を支配される神さま
イエス・キリストを通して、あなたは安息日に苦しむ人々を癒やし、安息日の意味を教えられました。私たちが律法主義に陥りそうになる時、安息日の主がなされた救いの出来事を思い起こさせ、愛の業へとい導いて下さい。
慰め主であられる神さま
私たちは休むべき時が与えられていることを感謝します。全ての人々が神の恵みのもとで安心して、心身ともに休むことが出来ますように、そして新しい力を私たちの中に注いで下さい。
主なる神さま
様々な事情で、この恵みの礼拝に集うことのできない人々を覚えます。それらの一人一人がこの群れの一員として、主の御言葉を聞き、共に祈り、共に賛美する生活を得ることが出来ますように、願わくは、そのための働き手として私たちを、用いて下さい。
私たちは先週、敬愛する兄弟をあなたのみもとに送りました。兄弟とのこの世での別れは、特にご遺族にとって、非常に寂しく辛く悲しいものであります。どうかご遺族の上に神さまが寄り添って慰めて下さいますように、悲しみによって痛む心を癒やして下さいますようにお願い致します。
これらの祈りを主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げ致します。アーメン

2022年6月19日日曜日

7月の礼拝と祈り会の予定

7月の礼拝と祈り会の予定

7月 礼拝の予定

招詞:詩編149:1-3

7月3日(聖霊降臨節第5主日)
聖書:マルコによる福音書1:1−8
説教:「イエス・キリストの福音の初め」(浅尾勝哉)
讃美歌:8、191、66、541

7月10日(聖霊降臨節第6主日)
聖書:ヨハネによる福音書5:9b−18(口語訳)
説教:「今も生きて働く神」(田中伊作)
讃美歌:546、6、164、202、541
信仰告白:日本キリスト教会信仰の告白
聖餐式を行います。

7月17日(聖霊降臨節第7主日)
聖書:マルコによる福音書2:13−7 
説教:「罪人を招く」(浅尾勝哉)
讃美歌:19、190、240、541

7月24日(聖霊降臨節第8主日)
聖書:マルコによる福音書3:1−6
説教「命を救う」(浅尾勝哉)
讃美歌:23、61、259、541

7月31日(聖霊降臨節第9主日)
聖書:マルコによる福音書10.46−52
説教:「バルティマイの信仰」(浅尾勝哉)
賛美歌:2、188−2、285、541

8月7日(聖霊降臨節第10主日)
招詞:詩編149:1-3
聖書:ヨハネによる福音書11:1−44(口語訳)
説教:「信じる者は死んでも生きる」(田中伊作)
讃美歌:546、68、501、202、541
信仰告白:日本キリスト教会信仰の告白
聖餐式を行います。


7月 祈り会の予定

7月6日
通読:民数記15.1−16
講解:コリントの信徒への手紙一15.1−11
家庭礼拝歴

7月13日
通読:民数記15.17−31
講解:コリントの信徒への手紙一15.50−58
家庭礼拝歴

7月20日
通読:民数記15.32−41
講解:コリントの信徒への手紙二1.12−14
家庭礼拝歴

7月27日
通読:民数記16.1−15
講解:コリントの信徒への手紙二3.7−11
家庭礼拝歴